愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

十二夜

1月5日は十二夜

伝統的なクリスマスのお祝いは、実はクリスマスの日から12日に渡って続くものなのだそう。そういえばクリスマスの歌の中にも、12 days of Christmasを歌ったものもあるし、去年見に行ったシェイクスピアのお芝居のタイトルもTwelfth Nightでした。といってもこのお芝居は十二夜を題材にしたもの、というよりは、十二夜に余興で上演されたもの、という説らしいですが。

古いイギリスのクリスマスでは、この日はワッセーリングといって、松明を持ち、ワッセイルというホットサイダーを飲みながら家々を回り、歌ったり踊ったりする、クリスマスキャロルの原始版が行われていたそう。

この他にも、Twelfth Night Cakeといって、ケーキの中に豆が入っていて、切り分けた中にそれが入っていた人は、その日一日だけ王様になれる、という、フランスにあるガレット・デ・ロワのケーキを食べるのと同じような風習がイギリスにもあるんだそうです。今もその伝統がイギリスの家庭にどれだけ浸透しているのかはわかりませんが。

シェークスピアのグローブ座の前で、そんな十二夜のお祝いに出くわしました。

実はキリストの誕生日って12月ではないらしいですね。キリスト教がもたらされる前からあった、冬のお祭りに乗っかる形でクリスマスのお祝いがこの時期に始まったらしい。ツイッターとインスタにビデオをあげましたが、インスタのビデオの2つめに登場する、ここではHolly manと呼ばれている緑のヒイラギ人間は、森の精風。まさしくキリスト教以前の、そんな季節のお祭りの名残をひしひしと感じます。そしてみんなで、ワッセール!

ちょっとした寸劇があった後、近くのパブまで練り歩き、さらに歌ったり踊ったり。

さてロンドンに来る前から、特に夫と子供が夢中になって観ていたBBCのドキュメンタリー番組の中に、ビクトリア朝時代の農家の生活を再現するVictorian Farmという番組があります。

この番組、シリーズになっていて、ビクトリア朝時代の他にも、チューダー朝エドワード朝、戦時中など色々な時代の農家シリーズがあるんですが、出演者は当時の服を着て、当時の形式の器具を使って、当時のレシピで料理をしたり、動物の世話をしたりと、当時の生活を再現していきます。

この番組の良いところは、その再現をする出演者がタレントではなくて、歴史学者や専門家であるところ。ある意味リアリティ番組ですがバラエティ番組の余計な風味がなくても十分楽しめるところがよろしいです。

丁度今回のクリスマスには、チューダー時代、ビクトリア時代それぞれのクリスマスの様子を再現したドキュメンタリーを家族で見たところだったので、実際の十二夜のお祝いの再現が見れたのはなかなか楽しい経験でした。このドキュメンタリー番組も、なかなかおススメ。クリスマスツリーを飾ったりして今当たり前のように祝っているクリスマスですが、その祝い方の変遷が見られてなかなか興味深い。

www.bbc.co.uk

まさにイギリスに来て体感・実感しているのは、冬の日の短さ、寒さ、薄暗さ。4時をすぎるとあっという間に真っ暗になってしまいます。やはりこの時期に、みんなで集まり楽しく過ごすイベントが無いと、かなり精神的にキツイ。理由はなんであれ、気分がアガるような口実があることは、精神衛生上にもよろしい、と言うことも、冬にクリスマスが祝われるようになった背景にはあるようです。

ヒイラギの飾りは、すべてが死んでいるように見える冬にも、濃い緑を目にすることで、生命はまだ続いていることを再認識できるもの。農家の納屋の天井に、まるでシャンデリアのように、巨大なリースを釣り上げて飾ります。御馳走は、イノシシの頭の丸焼き。頭蓋骨を取り除き、中に肉や、当時は高価だったレーズンやスパイスをふんだんに詰めて縫い直し、形を整え、長時間茹でた上で焼く・・。一方修道院では、やはり肉を食べると煩悩が・・と色々食べ物に制約があったので、クリスマスに良く食べられていたのは、なんと白鳥!今のお祝いの仕方とは、ずいぶん色々違ったようです。

そして松明を持って、歌を歌ったりお酒を飲みながら家々をまわり、ワッセーリング。その様子は、キリスト生誕云々というより、もっと季節や自然をお祝いする色合いが強いようにも感じました。

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一方こちらは、ビクトリア朝時代のクリスマスの再現番組。プロのパン屋さん達が当時の格好で、当時の窯や器具を使って、クリスマスのケーキやプディングなどのレシピを再現していきます。その中には、巨大な十二夜ケーキも。

今私達が祝っているクリスマスの形は、結構ビクトリア時代に確立したもののようです。クリスマスツリーを飾るという風習も、ドイツから婿入りしたビクトリア女王の旦那さんアルバートが持ち込み、民間にも広まったものらしい。ロイヤルファミリーがトレンドセッター的な役割を果たすところもあったようで、ビクトリア女王一家がツリーを飾ってお祝いする絵(写真じゃないところがミソ)が新聞に載ったりして、みんな真似するようになったり。

ドイツ系のパン職人もイギリスに数多くお店を開き、そこで焼かれた色々な形のジンジャーブレッドクッキーがツリーに飾られたり。イギリスのもの、と思っていたものももともとはドイツからのものも多いのかも。印刷技術の向上や郵便制度のおかげで、クリスマスカードを送る、と言う風習もこの頃できたのだとか。

サンタも、イギリスではよくファーザー・クリスマスと呼ばれていますが、もともとファーザー・クリスマスとサンタクロース(聖ニコラス)は別キャラだったらしい。ファーザー・クリスマスは、クリスマスに飲めや歌えやのお祭り騒ぎをする、中世から存在する大人向けキャラで、子供にプレゼントを配るような人ではなかったらしい(笑)のですが、ビクトリア時代アメリカから輸入されたサンタクロースというアイデアとだんだん融合されていったんだそうです。

なんだか、もともとひょっとこだったのに、仏教の高僧キャラと途中で合体しちゃった、みたいな感じかいな?(ちょっと違うかw)クリスマスが子供中心のお祝いになったのも、ビクトリア時代からのよう。へー!

古い習慣かと思いきや、江戸時代後半、明治の始め頃からはじまった習慣も多いということのようです。

こうやってヨーロッパで形を変え、色々な要素や文化が混じって発達、広まっていったクリスマスのお祝いが、遠い日本にも到達し、季節になるとリースを飾ったり、ツリーを飾ったり、サンタさんが来たり、恋人がサンタクロースだったり、不二家のケーキとパーティーバレルで祝ってみたりとさらにまた独自の発展を遂げている・・なんてなかなか面白いじゃあーりませんか。

日本でもアメリカでも、あんまり深く考えずにキリストの誕生日、ぐらいにしか捉えていなかったクリスマスですが、イギリスに来て、アメリカともまた違う、キリスト教以前の、もっと原始的なお祭りの要素にも触れることができたのはなかなか面白い体験でした。やはりその土地に来てわかる歴史感や空気感や肌感ってありますね。

・・・そういえば、十二夜のあとにもう一つやること、それはクリスマスツリーや飾りを片付けること。それ以降出しっぱなしにしているとバッドラック、なんて考えもあるそう。我が家も今日、慌てて片付けました。