愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

2022日本里帰り日記⑯:新喜劇、京都その他諸々

京都ではついつい、笑いを求めてこういうところにも寄ってしまった

本当は大阪に行ったときに寄りたかったのだけれど、祇園花月なんばグランド花月と比べて随分とこぢんまりしていて、当日券も余裕で取れた。私より背の高い11歳児(当時)、小学生一枚とお願いしたら「え、大学生ですか?」と聞かれる始末(苦笑)

以前大阪で新喜劇を見て以来、劇場に足を運んで腹を抱えて2時間ぐらい笑い続けることの幸せさにちょっとハマってしまい、あとは何でも子供にとって日本語体験になるし!という言い訳をしつつ、機会があれば積極的にお笑いを観に行こうと、ついもくろんでしまう。しゃべくり漫才はなかなか日本語が第二言語の子供には理解がついていかない所もあるようだけれど、桂文珍のダジャレだらけの漫談などは分かったようだった(笑)。

個人的には漫才で笑い飯を見る事ができたのが良かった。すーっと出てきてさーっとネタをこなして帰って行った。もう何か月も経ってから思い返そうとしても、どんなネタをやっていたのか、全く思い出せないのが悔やまれるが、寄席なんてその場で笑えれば良し、そんなものなのかもしれない。また今回もざ・ぼんちが登場、前回見てからもう数年が経ち、さらに歳を重ねているにもかかわらず、おさむちゃんの声量が相変わらずすごいのにも感服した(笑)。

新喜劇はひょっとこの烏川さんが座長で、島田珠代フィーチャーの回。新喜劇の筋書きも毎回だいたい似たような感じで、これまた詳細を忘れてしまったが、珠ちゃんが満面の笑顔でパンティーテックスの踊りを踊っている姿はとても清々しかった。ダンスがうまいレイチェルと2人で踊っている時などは息もぴったりで超楽しそうでそれも良かった。

平日の祇園花月はお客はお年寄りメイン、500人ぐらい入る会場に2-30人ぐらい入っていたかどうか。公演が終わるとスタッフの人が出てきて、コロナ対策ということで客は一度に退席せず、一列ごとに会場から出るように指示があったけれど、多分必要なかった(苦笑)。これだけの人数の出演者、裏方やスタッフなど、客より多くの人が関わっているんじゃないか、採算あうのか心配になってしまったけれど、多分劇場の外で採算はとるように出来ているんだろうな。芸人さんにとっては出演できるハコがあって、ネタを試してみたりお客さんの反応を見たりできる場がある、というのはやっぱり大事なんだろうな。

コロナでちょっとスケールダウンしているのもあって、お土産もロビーにちょっとだけグッズのワゴンがあっただけだったけれど、新喜劇の人形焼きとすち子の飴(ミックスジュース味)、そして子供は水玉れっぷう隊のアキさんのステッカーを買った(相方のケンさんのもついてきた)。

京都ではこの他に染物屋さんに教えてもらった寄った商売運金運アップの金ぴか神社に行ったり(名前もそのまま御金神社)

祇園でやわやわの饂飩を食べたり、

抹茶だ漬物だ、どこに行ってもお土産のバラエティの多さに圧倒されて結局何も買えなかったりしたまま、

新幹線では富士山を眺めたり、中川家のネタを思い浮かべながら新幹線のトイレを流したりしつつ、東京に戻ってきたのでした。

2022日本里帰り日記⑮:家紋・井戸

2022年4月、母娘で日本に6年ぶりの里帰り日記、まだ書き終わっていない。

京都では、子供の希望で家紋の染付もした。これも子供がYouTubeで見つけてきたところで、英語をしゃべるYouTuberが染付体験するビデオを見て、自分もやってみたくなったらしい。

www.black-silk.com

昔から色褪せたり汚れたりした着物は、真っ黒に染め直すことで、再生利用されてきたらしい。本当に昔はものを大事に使っていたんだよなあ、その技術でもって、最近では古くなったジャケットやジーンズも黒く染めて、かっこよくまた着られるようにする、というようなこともやっているそう。まさにサステイナブル

ここでは黒く染めた生地で作った小物に、ステンシルの要領で家紋を刷毛を使ってつけていく方法を教えてもらった。

この家紋というものにも子供はいたく興味をもったらしい。ヨーロッパのお貴族などにも紋章があるが、まさか自分の家にもそういう感じのものがあるとは思ってもみなかったみたい。まあ、とはいっても普段家紋を見たり使ったりする機会なんて、墓石で、ぐらいなものだけれども・・

家紋じゃなくても、誕生日によって違う花紋を選んだり、星座をモチーフにしたデザインなどからも選べる。色も、様々なトーンの銀色や、シルバーが入った紫など選択肢は色々。ステンシルをずらしてしまうといけないので、均一にキレイに色をのせ、一気にムラなくやるのになかなか緊張した。

紋付の場合は、お米を潰してディスク状にしたものを生地にくっつけ、そこだけ染まらないようにして、その後白く丸く残った部分に家紋を絵付けするような方法もあるんだそう。

このお店の敷地内には、千利休の時代からの井戸というのがあって、そこのお水も飲ませてもらった。

古井戸の跡

今は蛇口からいただけます。持っていたペットボトルに詰めて持ち帰らせてもらった。飲んでみると実際まろやかな感じがある・・。このお店がある地理的なこととこの井戸の年代から、千利休がお茶を淹れるときに使った井戸がどこかははっきりわからないけど、水脈は同じだからここのと同じ水を使ったと言える、知らんけど!とのことでした(笑

宿に帰って、宿のおばちゃんに千利休の井戸水飲ませてもらった、やっぱり味が違った!という話をしたら「へぇぇ、まあそう言われるとそういう風に思えてくるのかもしれまへんなあ」と結構辛辣なことを言うので笑ってしまった。

Q

この週末は沢山の在英邦人に混じって、野田秀樹の芝居「Q - A Night At The Kabuki」を家族3人で見に行った。

ロミオとジュリエットの話を、源平合戦を舞台に、BGMはクイーンで。でも中世の日本でありながら、色々な仕掛けや文化や技術や概念は古今東西マッシュアップ、といういかにも日本の演劇にありそうな設定ではあったけれど、なにしろ役者がみんな素晴らしかった。まず松たか子、上川達也、広瀬すず、志尊淳をメインに、竹中直人羽野晶紀橋本さとしといったベテラン勢・・と恐らく日本でトップノッチの役者さんの演技を肉眼で見れたというだけでも素晴らしかった(しかも25£ぽっきりで!)。野田秀樹本人の演技も初めて見た。

観ている時は、話の筋や流れもだが、どうしても役者や舞台そのものの、「見せ方」の技術に気がいってしまったのだが、一番感服したのはそれぞれの役者の体幹や膝や体のバネの強さ。立体的な舞台を登ったり下りたり、最近膝が気になるお年頃な自分にとっては、自分よりもずいぶん年上な役者さん達が高い所から飛び降りたり走り回ったり、長時間にあれだけの長ぜりふを活舌よく劇場に響くように話続けたりを、体を壊すことなく各地を回りながら毎晩やっている、という基本的といえば基本的なことに異様に感動してしまったのだった(元演劇部員としては余計に身につまされる・・)。

松たか子の声の通り方がネットでも絶賛されていたけれど、普段から研鑽を積んでいるとわかる技術は、やはりそれを目の当たりにすると衝撃があった。当たり前だが、みなさん、単にテレビに出ている有名人、ではないのである。そして竹中直人は、テレビでしゃべったりしているのを見ていても、何か薄皮を一枚かぶっているような、絶対本質を見せていないような不思議さを感じるのだけれど、舞台でも清盛という大きな存在を演じている一方で、どこかで力が抜けてる演技が不思議だった。橋本さとしはザ・日本の演劇という感じの面白さを要所要所で出していた(劇団新感線出身なのね)。

話はロミオとジュリエットに出てくる「名を捨てる」というキーワードが色んな形に作者の中で派生発展してこういう感じになったんだろうな、となんとなく物語を作り上げていく思考過程の足跡をたどっていけそうな感じもあるものだった。いがみ合ってる一族同士の名を捨てる、武士として戦う前に名乗りをあげる、そして戦いに勝って名をあげる、匿名書き込みネットの誹謗中傷情報操作、アノニマスとしての名を捨テロリスト、そして最後は流刑地で死ぬ無名兵士。実は後半はうーそう来たか、ちょっと反戦風がクドいかなあと思わないことも無かったのだけれど、最後はしんみりと終わり、泣いて化粧が流れてる英人客もおり、子供も「片目からつーっと涙が出た」そうでした。

ロンドン公演は、全編日本語のセリフに、英訳の字幕をスクリーンに表示する形。英訳で細かい言葉のニュアンスや、語尾や言い方の面白さ、ダジャレなどはどうしても端折られてしまっているところもあったり(これはもう知らない言語のものを見る場合はしょうがない部分もある)、と思ったらセリフを言い終わるまえに字幕を先に読んでる人がウケる、なんていう、外国語公演あるあるな場面もあった。

日本語では平家とか源氏とか言っているのも、翻訳ではわかりやすさを考慮してだと思うが、全てTairaとMinamotoで統一していたので、平家の名前がついた新しいビジネス名、ドンキ平家がタイラバンクスになってたり(平銀行とモデルの名前をかけてある)、色々苦労のあとが見られた(笑)

舞台美術、シェイクスピアっぽさも残した衣装もとても良かった。ちょっと残念だったのが音響で、BGMは全編Queenの楽曲だったのだが、音量調節やフェードアウトの仕方がえっという感じで、そこだけ学校の文化祭ふうな感じでちょっと耳障りに感じてしまった。

つらつらと見た後もしばらく色々考えてみたり、分析してみたりしてしまったが、芝居も小説も絵画も、作者が意図したことしなかったこと、作品にちりばめた色々なオマージュや伏線、メッセージ、そういうものを見つけてみたり、受け取り手自身がその時の感覚や体調や人生観に合わせて自分の中で咀嚼・反芻・解釈・消化、そして昇華していくという過程が楽しいのだと思う。そういう点では、久しぶりに日本の演劇を観れたのはとてもとても良い経験になった。同時に、もし他の国からロンドンに来る劇団公演があったら見に行ってみたいと思った。あと太古の昔演劇部だったものとしては、どうしても第三舞台とか劇団新感線、キャラメルボックスに遊眠社とか、日本の演劇の記憶がそこで止まっているので、もう少し若手の制作する舞台も見てみたいとも思った。

国葬の月曜日

月曜日に国葬が終わり、翌日はまだ余韻に浸ったものの、半旗ももとに戻ったところで自分の中での王室フィーバー(?)はすっかり鳴りをひそめ、もう通常モードである。いずれにせよkeep calm & carry onなのである。世の中はなんだかんだいって何があっても淡々と回るのであった。

国葬の日は当然ながらテレビをずっとつけっぱなしであった。朝10時頃から葬儀の色々が始まり、結局午後6時頃だかにウィンザー城にある教会に、棺が舞台の奈落にすーっとおちる感じで地下に自動収納されるのを見届けておしまい。

当日は本当にお正月かと思うほど外の車も通らず本当に静かなものであった。2分間の黙祷時間の時はそれに輪をかけて近所も静寂だった。なんでもブリティッシュ航空はこの日のために主に国内便100便ほどキャンセルしたんだそう。黙祷時間には、着陸できないカナダ航空機が2機、グルグル迂回していた模様。

そんな静けさに包まれた月曜日だったけれど、閉まっていた近所のスーパーは中継が終わった直後に開いて、パパが買い物に行ったら大盛況だったらしい(笑)

国葬の様子は日本でも中継されていたようで、日本の家族も一生懸命見ていた模様。天皇皇后を探せ!と皆がウォーリーを探すごとく画面を血眼で見つめたり、美しいブータン国王夫妻と民族衣装にくぎ付けになったり、聖職者の誰かがプログラムの紙を床に落としてしまいそれが中継中の棺の背景にしばらく映り込んでいて、おお、いつ拾う?とちょっと話題になったり、外を行進している間中楽隊が何度も同じ曲を演奏するのが、翌日になっても頭から離れなくなったり、ウェストミンスター聖歌隊の中に、ターバンを巻いたシーク教徒のような人が1人混じっていて誰なのか気になったり、棺を担ぐ8人の兵士、同じメンバーが何度も色んなところで棺を担ぐシーンがあったので、やっぱり翌日は肩が痛くなったり筋肉痛になったりするのかな、と心配になったり、8人だと一人分の負荷はどれくらい?と考えてみたり。

ちょこちょこそんな細かい小ネタを見つけつつ、映画のようなカメラワークの凄さと、イギリス文化の真骨頂というような儀式や衣装の色々にも驚嘆しつつ、結局最後まで見届けてしまったのだった。最後にウィンザーに向かう前に棺がロンドンを横断するのは観に行こうかと思ったけれど、どうせ混んでいるかなと断念した。

ひとつ印象的だったのは、BBCのキャスターが女王の死で、戦後がとうとう終わった、的なことを言ったこと。敗戦国の日本でさえもはや戦後なんて遠い記憶になっているのに。でも確かに、戦勝国と言えども国土に全く影響なかったアメリカとは違い、イギリスも戦後の復興はそれなりに大変だったようだし、そんな中で若くして即位した女王が今の今まで在位していたことは、そういうセンチメントにもなるだろうなあ。

翌日の職場では言うほど国葬の事は話題にはならなかったが、超イギリスらしい一日だったね、とイギリス人。特にイギリスっぽいとイギリス人が思ったシーンは、最後の最後に棺の上に、杖を二つに折ってから置いたことだそうだ。あとは遅刻してきたバイデンを教会に入れるときにちょっと待たせたのが嬉しかったらしい。ってやっぱりそこらへん気になるんだとちょっと笑ってしまった(苦笑)

さて戴冠式は来年になるようだけれど、これまた興味深いものが見れそうで、楽しみです。

国葬前の色々

本日国葬。学校も会社も全部休みになり、スーパーなどのお店も全部閉まってしまい、まるでお正月のような静けさ。国葬中は飛行機も飛ばなくなるようで、多分朝最後のギリギリの時間のフライトの音がする。国葬前の色々覚え書き。

  • 女王が亡くなった翌日、子供の学校は、女王が亡くなったことや葬儀のことなど全く触れることなく淡々といつも通りだったそう。保護者にも、国葬の日程が正式決定した後、学校がお休みです、というお知らせがあったのみ。一方、以前通っていた小学校では小学校のSNSアカウントでもお悔やみ表明してた。
  • まあ当然喪に服すかどうかは個人の勝手ではあるが、週末に開催が予定されていたイベントなどは、キャンセルもあった。子供の修学旅行も延期されてしまった!街にでると、お悔やみのサインや女王の写真はぽちぽち飾ってあるが、レストランやパブは普通に盛況。国葬前の昨日などは近所のパブはお客さんでパンパンだった。今日休みだから余計みんな張り切って飲んでたような気がする。
  • とはいえ度が過ぎる自粛もあったみたいで、あるスーパーマーケットチェーンでは、レジからピッ、ピッという高い音を出すのを自粛したのだとか。それ意味わからないし。イギリス人でもそういうことあるんだなぁとw
  • 女王の棺が安置されているウェストミンスターホールは24時間オープンでここ数日ずっと一般の参拝客(?)を受け付けていた。その行列は5キロ近くになり、待ち時間は長い時で24時間以上。イギリスのデジタル庁的なところがYouTubeに今の行列の状況、最後尾や待ち時間などをYouTubeのストリーミングの形でずっとアップしてくれていた。またホールの中の様子もずっと24時間ストリーミングされていたので、どちらもつい見てしまった。ふと朝目が覚めて早朝5時とかにアクセスしてみても、徹夜で並んだ人達が普通に棺の横を通っている映像が見えてなかなかシュールでもあった。

  • 棺の前では女性は膝を曲げて挨拶する人もいたけれど、結構普通に皆さん立ち止ってお辞儀をしているのが興味深かった。そうか西洋人(笑)も普通に会釈的なお辞儀できるんだ、とちょっと不思議な感じもした。
  • その他にはベッカムが一般の人に混じって10時間以上並んで女王に別れを告げたのがエライとか、棺の前に立って護衛をしている衛兵が貧血でばったり倒れるシーンとか、やはりこれだけ人が来ると棺に駆け寄って何かしようとした狼藉者もいて、そういう人が捕まえられて退場させられているところなど、色々なハプニングもあり。
  • オンラインも色々と喪に服すモードで、使っているスーパーマーケットのポイントアプリにさえ、お悔やみのメッセージが表示されていた。

  • 当然ながら人によって温度差があるのは当たり前で、周辺のイギリス人は王室のことはまあほとんど気にしていない。女王死去の公式発表の前、Twitterで一度逝去のフェイクニュースが流れたのだけれど、それがガセネタだとわかった時など、英人同僚はちぇっ、せっかく休みになると思ったのに!とそっちを悔しがっていた。そしてそれを見た欧人同僚が、えっ、そんなもんなの?と驚いていた(苦笑)結局宮殿にお花を持って行ったり見に行ったりしたのも社内では(我が家を含め)非英人ばかり。まあ私達の場合は物見遊山的な感覚が大きかったけれど・・。
  • まあこれは地元の人が東京タワーに行かないのと似た心情(?)もあるかもしれない、外から来た人はやはりイギリスというエクスペリエンスの一つとして王室を見るけれど、好きでもそうじゃなくても生まれたときから自分の国の歴史の流れの一つとして背景にそういう存在がある、というのでは捉え方も違いそう。皇室もまあそういうものだし。あとは地域差もありそう。このために地方からロンドンに駆け付けた人の熱量はロンドンに住んでる人のとはずいぶん違う。一方でスコットランド北アイルランドウェールズだとイギリスといっても一枚岩ではないし、植民地出身の人はまた複雑なようだし。イギリスという国を見れば当然っちゃ当然だけれど、まだまだ新参者としては、そういうリマインダーとしてこの事象を見るのも非常に興味深い。
  • 本日はしばらくテレビで中継を見ることになりそう。スーパーが閉まるので前日は大盛況で商品棚が随分空になっていた。ポップコーンを食べながら見るのはやはりちょっと趣味が悪いよな、と思いつつ、我が家もスナックなどを買い込んだ。