愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

そういえば春節でした

ここのところずっと2月ごろだったので油断していましたが、今年は1月のあいだに春節がやってきました。カリフォルニアにいた頃は家族大勢が集まってワイワイやったものですが、今は3人の核家族でのロンドン生活なので、寂しいもんです。って誰か呼べばいいんですけれどね。

「大晦日」にあたる日の土曜日は私と子供は用事で出かけていたので、その間にパパが餃子を作ってくれました

豚肉のと、野菜(椎茸とか、ほとんど水分がなくて固めの豆腐とか入っている)の2種類。

って春節、ましてや大晦日に餃子を食べる風習、うちは無いんですが、もうなんでもあり。

実家で祝っていた時は、大晦日は精進料理が出ていました。そして春節にはお肉をどーん!と食べるw

翌日もパパが張り切ってチャーシューを焼いてくれました。その他に海南チキン、そして中国のソーセージ臘腸(らぷちょん、みたいな感じの発音)も。あとは蒸し焼きにしてオイスターソースなどで味付けした干しシイタケの蒸し焼きなど。パパが全部やってくれたので、使ったお皿も盛り付けは微妙なんですが(苦笑)味はとっても良かったです。

チャーシューって日本だとラーメンにのってるどっちかというと煮豚みたいなやつですが、本来のチャーシューは、マリネした豚肉を焼きます。なぜか食紅で赤く色づけするのも特徴。日本のおせち料理みたいに、春節に食べる食べ物は、その名前の発音が縁起のいい言葉に似てるとか、食べ物の形がお金に似てるとか、なにかめでたい理由が色々あったりします。麺類を食べるのも麺のようにながーく生きる、みたいなのだったりとか。

そしてこれは香港チャイニーズまたは香港系華僑あるあるっぽいのですが、Ferrero Rocher というもともとイタリアのチョコレートを贈りあうのも恒例です。金色なところが多分縁起が良いのかもしれない。中にはヘーゼルナッツのクリームが入ってて、結構好きです。あとは義理姉が送ってくれたウサギ柄のプリント付きのクッキーもデザートにいただきました。

夏休みジュネーブ旅2:ジュネーブのジェラート屋とChatGPT

2022年夏休みの記録。

熱波のジュネーブ、宿の近くにあるジェラート屋さんには夜遅くまで行列が出来ていた。

美味しいジェラート屋さんを見分ける方法、店先にジェラートがディスプレイされておらず、銀の蓋のついた入れ物に入っているところが良い、というのをどこかで読んだことがあるけれど、近所のお店もそんな感じのところだった。壁にかかっているフレーバー一覧から選んで注文する。

結構アメリカ人のお客さんもいて、並んでいる間英語で会話しているのだけれど、注文となるとフランス語にぱっと切り替えていた。ここに住んで働いてる人達なんだろうな。

フレーバー一覧表がフランス語で子供が少しパニクったので、並んでいる間に説明したりしてたのだけれど、注文の時はDuolingoで培ったフランス語で私も一生懸命注文してみた・・・ものの、お店のお姉さん、私達にはパッと英語に切り替えて対応してくれた。えーなんでー

ちょっとがっかりしたものの、ジュネーブ滞在中は以前よりもフランス語をひねり出す機会がそれなりにあったのは良かった。ジェラートの注文はこけてしまったけれど、それなりに通じる場面もあって、ひとりでえっへん!とニヤニヤ満足してしまった(もっと水くれ、とか、外の席ありませんか、とか、チケット買いたいんだけどどこに行けばいい?とかそんな程度だけどw)。

ただ本当に英語が通じるし、なんなら多分相手もスイス人じゃない他の欧州人だったりということも多かったので、フランス語で話すぞ!と心を決めないとすぐ英語に逃げそうになってしまう。この脳が怠けよう怠けようとする感じ、どうにかしたい。

さて、最近話題になっているChatGPT。仕事でも使えないかテストしてみたりしているのだけれど、ブログ記事も書けるだろうなと思ってちょっと試してみたら、こんなのが出てきた。

すごい当たり障りのないつまんない文章ではあるものの、ジュネーブは国際都市、ジェラート美味しい、フランス語うまくなりたい、練習がんばる、みたいな部分は心情的には正解だったのでちょっと驚いた。

ミュージカル忠誠

ジョージ・タケイのミュージカル「Allegiance」のロンドン公演を家族で見に行った。

ジョージ・タケイスタートレックに登場していた日系人俳優というとピンとくるだろうか。現在御年85歳だが、以前からSNSでの発信が注目されたり、ご意見番というかなんというか、若い世代にもまだまだ影響力がある人だと思う。60歳ぐらいでゲイだということをカミングアウトして、LGBTQコミュニティの顔の一人でもある。

このミュージカルは彼の子供の頃の経験がヒントになって作られた、戦時中の日系アメリカ人の体験を描いた作品。

そう、真珠湾攻撃の後、アメリカに住む日系アメリカ人は、アメリカ人であるにもかかわらず、敵国民族だというので、資産を没収され、収容所に送られたのだった。そしてそんな中、アメリカへの忠誠を表すために、志願して軍隊に入った人達もいた。日系人部隊、ヨーロッパでの救出作戦などで大活躍したが、出した犠牲者の数も相当だったそうだ。

会場はチャリング・クロス劇場という小さめの場所。舞台の配置が面白くて、舞台を挟む形で左右に座席が設置されていた。客席に着く時には、舞台を通って行く感じ。座席数は200ぐらい。

日系人の物語に英国人がどれくらい興味を持つのか、にも興味津々だったけど、ジョージ・タケイ本人も出演しているというのも大きな目玉かも(アメリカ人の観客も結構いた)。私達のサイドの席は前のほうに結構空席があったので、劇場の人が前に詰めていいですよ~と言ってくれて、一番後ろの席を一番安い値段で取ったのに、真ん中あたりに移動して観ることができてしまった。

物語は、日系人一家が収容所に連れていかれ、その中で恋模様があったり、1世の中では日本とアメリカどちらが大事なのか葛藤があったり、若者の間では軍隊に入って戦うか戦わないかで意見がわかれたり、そしてそれが戦後も尾を引いて・・・。

構成やセリフはちょっと粗削りな感じの部分もあったけれど、自分が日本人だからか、ぐっとくる部分が色々あった。子供は見終わってからしきりに「悲しい」を繰り返していたけれど、辛く悲しい話ではある。子供曰く隣に座っていた大きなイギリス人のおじさんが、なんども鼻をすすって、自分以上に泣いていたとのことだった。

アメリカに住んでいたころは、近所の日系教会で、子供達にこの強制収容所の歴史などをしっかり教えていたのが印象的だった。日本から来てアメリカに住んでいた自分と、日系アメリカ人はやはり背景や背負ってきているものが全然違うので、これは同じ「ジャパニーズ」でも自分の物語と言うわけではないのだが、一応アメリカ生まれの「ジャパニーズアメリカン」である自分の子供には知っておいて欲しいことだったので、ロンドンでこういう形で見せることができたのはとても良かったと思う。

さて・・・。アメリカにいた頃、日系人コミュニティの中で見聞きしていた収容所の話。当時の収容所の写真を見ると皆笑顔で写っていたり、過酷な状況の中でも色々工夫して生活していたり・・・、変な話、他の強制収容の話と比べると、あまり辛さを前面に出していないような印象があった。やはり日本人の美徳というか、このミュージカルの歌の歌詞にも沢山でてきた「我慢」の精神で乗り切ってきたからなんだろうか。

でもミュージカルで表現された収容所では、意地悪なGIがいたり銃口を向けられたり、十分な医療を受けられずに過酷な環境の中で失われた命があったり・・と、当然ながら別にパラダイスに住んでいたわけではない、という辛い状況を改めて認識した感じがした。日系人の間でも色々と意見の対立があったという事実も初めて知った気がする。

ただ後で知ったのだが、このミュージカルにおける収容所の描写については、日系人コミュニティの間でも正確なものではない、と随分批判があったみたい。実際はここまで酷くなかった、というと語弊があるのかもしれないが、だいぶ大げさだったり、これじゃあまるでナチスの収容所だよ、というようなシーンもあったらしい(男は右、女は左に並んで服を脱げみたいな)。そんな批判がある日米ウィークリーの記事はこちら。まあそうしないとドラマにならない、という面はあったのだろうが、収容所での生活が、もう少しCivilなものだったというのであれば、やっぱり私がアメリカで受けていた印象は多少あっていた、ということなのかな。

うーん、これは歴史をドラマにするにあたっての非常に難しいところではあると思う。日系人銃口を向けられ、財産も失いボストンバッグひとつで収容所に送られたという事実は本当だし、それは酷いことであるのは変わりないし、あるまじきことである。一方、史実をそのまま忠実に伝えると、その事実がいかに酷いことであるか、強く受け取り側に伝わらない、というジレンマもある。これは本当に誠実な科学者や医者がパンデミック時に、統計や研究結果に誠実に説明しようとして、一般大衆に全く刺さらなかった事例を思い出してしまった。

インパクトのある極論じゃないと反応しない民、というのは非常に危険ではあるのと同時に、エンターテイメントの手法としては多少仕方ない要素でもあるのかな、と思ったり、しかしエンタメと史実が組み合わさった時にどこまでそれが許容されるか・・あとは受け取り側の知性が試されるのかなとも思ったり。ただこのミュージカルに関しては、色んな人が日系人のジレンマ、苦難を知るきっかけになればよいのだがとは思う。やはり埋もれさせてはいけない話だと思うし。

パフォーマンスそのものは、小さな劇場だけれど生バンドがすごくタイトな演奏していて凄かった。役者さん達は日本人、日系人、日米日英ハーフ、フィリピンやチャイニーズ系の役者さんなど色んなアジア系の役者さん達が揃っていた。みんなアメリカから来たキャストなのかと思っていたら、ロンドンベースの役者さんも多くて、普通にアメリカンアクセントでしゃべっていたのでそれにもとっても感心。

85歳のタケイさんも年老いた主人公役、そしてお爺ちゃん役で舞台に出ており、考えたら義理父と同じぐらいの年なんだよな・・と思うとちょっとドキドキしてしまったが、プロってすごいなあと失礼ながらこれまた感心してしまった。舞台ではひょこひょこお爺ちゃん歩きをしてたのでいちいち足元の心配までしてしまったのだけれど、あれも演技だった気が今はしている。

タケイさん、芝居の後ロビーでサインにも応じて下さって、日本語でもちょっとお話することもできた。ロンドンで子供に日系人の歴史を学ぶ機会を与えてくれたことに滅茶苦茶感謝の意を伝えることができた。


allegiancemusical.com
ロンドン公演は4月8日まで。

2023年

誰にともなく明けましておめでとうございます。

今年も陳家は新年を機上で過ごしました。年末は仕事のストレスMAXで全く準備ができないまま無理やり仕事を納めて翌日カリフォルニアへ。着いた時は体調も最悪で、まさか出先で寝込むことになるのではと危惧しましたが、一日ゴロゴロしたらビックリする位元気が戻りました。

イギリスで受け取った友人達との集まりの連絡、FBインバイトに載っていた集合時間がイギリス時間になっていたため時差計算を間違え、主賓なのに登場しない、というハプニングもありましたが(苦笑)

子供は周囲の人がみんなアメリカンアクセントで話すのにカルチャーショックを受けたり

どんな所でも太陽光を久しぶりに浴びて気持ち良かったり

と思えば普段薄暗いロンドンでの生活が長くなり、カリフォルニアはどこにいっても眩しすぎて嫌になったり

スタバの最小サイズがこれでビックリしたり(空港にはTallサイズが無かった!)

久しぶりのトレジョに大フィーバーして何度も足を運んだり(普通にアジアの梨も売っているの感動)

ベルモントのAirB

子供の希望でチポトレ行ったら40ドルしてビックリしたり(昔の2倍ぐらいはしてる)

義理兄一家と犬連れて海や山に散歩に行ったり(犬をちょっと広い所で走らせるのに車で行く、という感覚も久しぶり)

でもやっぱりカリフォルニアに住んでると自然が近い

従兄弟たちと久しぶりにワイワイ

色々なものの規模感がやっぱりヨーロッパとは違う 車ないと何もできないけど

80代後半になった義理父がまだ元気に上げ膳据え膳でご飯作ってくれる

クリスマスは家族で飲茶、店には行かずテイクアウトがコロナ以降定番に

SF市内にも

日本町で日本食品買い漁ったり、子供はアニメグッズ見たり、ラーメンも

日本町からシビックセンターまでロンドンのノリで普通に歩いた(昔だったらしなかったかも)

写真だとそうも見えないけどアメリカの食事の量、時にロンドンの4倍に感じる、いつもお腹いっぱい

お友達の家でいただいたガンボ 久しぶりに会う子供達も昔通りワイワイ

これはずっと食べたかったウォルナットシュリンプ、イギリスの中華料理屋に行くと無い。アメリカでしか食べられない中華料理(ちょっとエビマヨ的なものだけど)

そしたら夕方にまた義父が作ってくれてた 大満足

子供は小さい時良く行っていたお店に行って大満足

滞在日数いつもそんなに長くないから、いつもバタバタ

それでもギリギリ出発の日までお友達に会って

それでも会えてない人も沢山いて(年末だし・・)

それでも10日間の滞在で子供14人、大人27人、猫4匹、犬3匹に会う事ができました。

みんなこの後も集まる話をしてたり、昔はこの日常に中に私達もいて、子供達ももう生まれた時からずっと知っているのに、今ここに自分達はいないんだなと思うとやっぱり悲しいものも・・・。でもまあロンドンで子供も成長し青春時代に突入しちゃったりしているし、自分達のホームと言える場所がこういくつもあるのは、喜ばしくもあり、オプションが色々あるというのは逆に色々考えないといけなくて大変だと思ったり・・贅沢な悩みではあると思うけれど、とにかく元気で体と頭がハッキリしているうちは、なんとでもきっとなる筈。と思いつつ、ベイエリアを後にしました。

晦日のフライトは、豪雨でハイウェイが一部閉鎖されたりあちこちで浸水が起こったりとなかなか大変な状況。空港に着いたら後はどうってことは無かったけれど。

新年午後にロンドンに到着、今入国審査官がストをやってて、どうなることかと心配したけれど、自動ゲートでの入国な上に年始はほとんど乗客おらず、並ぶこともなく30秒ですんなりいきました。そういえばアメリカへの入国もグローバルエントリーだったのでこっちも並ぶことなくほぼ30秒。人生何事にもおいてこれくらいハッスルフリーだったいいのにな!

というわけで絶賛時差ぼけ中ですが明日から通常通り仕事に戻ります。2023年の目標というかやりたいことも色々ありますが、とにかく元気で機嫌よく楽しくやっていこう。

夏休みジュネーブ旅1

氷点下のロンドンで、夏休みの旅行記を今頃書く。

8月、ジュネーブに飛んだ。もっと早く休みを取るはずだったが、一家でコロナにかかって泣く泣くキャンセル。さらに出発前に仕事でトラブル発生、ありえない残業があったりして行く前から随分ぐったりしてしまった。そんな事もあって、今回は本当にゆっくり過ごすのが目標。

今年の夏は人手不足で空港が大混乱、ロストバゲージアタリマエという阿鼻叫喚話を見聞きしていたので、無事に飛べるのかさえ怪しかったが、空港は拍子抜けする位空いていて、驚くほどスムーズに飛べた。

スイス航空で、ジュネーブまでは1時間半である。何度も書くが、ヨーロッパ、本当に近い。ジュネーブに行くというと優雅な海外旅行に聞こえるが、東京から大阪に飛ぶのとたいして変わらない。そしてスイス航空は、フライト中にスイスチョコレートをくれた。

空港からはバスで街中に向かう。途中国連の建物も通り過ぎた。街の中心というより、空港に近い、街はずれといったイメージのある場所にあったのはなぜかちょっと意外に感じた。訪問するにも随分前から予約しないといけないようだったので、見学は断念。


ジュネーブのバスは、乗る前に券売機で切符を買う必要がある。しかしバスに乗る時にその切符をみせる必要も、機械に通す必要もない。やろうと思えば無賃乗車も出来るが、検札員の抜き打ちチェックがあり、見つかれば高い罰金を払わされる、というのを読んでいたので、間違いなくしっかり切符を買って乗った。すると案の定ガサ入れの刑事か、といった感じで検札員数人がわらわらと乗り込んできた。買っておいて良かったとホッとした。

乗客の一人は、ハンドバッグをあけて切符を探すものの、バスの切符が10枚ぐらい出てきて、今日買ったのがどれだかわからずにワタワタしていた。確かに切符を買っても見せることもなく、回収されることも無いので捨てずに溜まってしまいそうである。検札員に降ろされている客もいたので、無賃乗車の客もいたようだった。

宿はシャンペルという住宅地にあるアパートの一室。近くに医科大のようなものがあるみたいだけれど、大きなアパートが沢山建っている、とても静かなエリア、電車の駅もありなかなか良い場所だった。

ヨーロッパはちょうど熱波到来が続いていた時期。冷房設備がほとんどないロンドンで、40度の猛暑に辟易していた時だったので、なんとなく山があるスイスは涼しいのではと期待していたが、ジュネーブにも熱波がやってきていて、やっぱり暑かった(ガックリ)。

そして当然アパートには冷房なんて無かったので、扇風機を一生懸命回しても初日はなかなか寝苦しかった。雨や雪が降り薄暗く寒い冬のロンドンで夏の日記を書くと、今となってはあの暑さよもう一度・・などと思ってしまうが、当時は冬の寒さのほうがなんぼかいい・・なんて思うほどの暑さだった。無いものねだり、どうしようもない。