愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

ロックダウン日記1

イギリスも絶賛、自宅隔離中です。この1ヶ月、あれよあれよという間に、それこそ1日単位で色々な状況が変わり、先週と今週では見える世界も随分変わりました。忘備録としてつらつら書き留めておきます。

1月
2020年は必ずしも良い意味ではなく、色々なことが変わる年になるんじゃないだろうか・・などと思っていたが、1月にイギリスはしれっとBrexitし、コービーブライアントが事故死し、イランでごちゃごちゃあり・・・そして中国のコロナのニュースにうわっ、となる。でもイギリスからはまだまだ対岸の火事

武漢のロックダウンはこの頃だったか。上海にいる同僚は、上海郊外の実家に春節で帰ったまま上海に戻れず、ずっと実家待機で外に出られなくなっていた。

2月
香港を出発してあちこち寄港拒否され、最後にカンボジアで客を下したクルーズ船にアメリカ人の知り合いや、お友達の義両親など複数が乗っていた。心配したお友達のために連絡をとったりやりとりする。今香港にいまーす、というFBのポストを見てなぜこの時期に?と思ったらあれよあれよと船に乗りこんな状況に。日本やアメリカのニュースも見て、見えないウィルスへの恐怖や、ウィルスをきっかけに色々見えてくる人間の嫌な面に、どんどん気分が重くなる。

会社までは徒歩50分で行ける距離。運動がてら朝は徒歩通勤、帰りは電車かバス通勤、というパターンが定着している。ある日出社したら貧血を起こして気持ち悪くなってしまい、バスであわてて帰宅。ここでアジア人がしんどそうにしてたら、疑われる・・・!とドギマギした。でもまだその程度。

シンガポールで感染して、無症状のままフランスのスキーリゾートに滞在していた患者がブライトン在住、そこでも感染者が出たというニュース。ブライトンから週に1回通勤してくる同僚がいて、軽く身構える。この頃は確かロンドンではまだ感染者出てなかった。

もう面倒になったので、この時期からあまり出社せずほぼ在宅勤務。

日本では父が参加する予定の大規模イベントがキャンセルになる。今の日本のことを考えると、かなり早めの賢明な判断だったのではないか。母からはコロナにはお湯を飲めという例のチェーンメールが送られてきてガックリ来る。

アメリカでは今年インフルエンザの死者も多かったようだが、アメリカの友人達の間でもずいぶん流行っていた。熱がぶり返したり咳が長引くなど、症状がまぎらわしいが、テストしたらちゃんとインフル陽性になっていたので、インフルはインフルで別にちゃんと流行っていた様子。子供が通っていたアメリカの小学校のFBでも、子供発熱、のポスト多数。

そういえばイギリスではインフルが流行っている話はきかず、子供のクラスの出席率もほぼ100%。イギリスは学校でインフルの予防接種がある(アメリカではない)のが功を奏しているのだろうか。アメリカの友人達も、子供からインフルを移されたケースも良く聞いたので、私もあわてて今更ながら薬局で予防注射を打ってもらう。

ロンドンではちょっと雪が降った。

ミラノにいるイタリア人友人達、スーパーにものが無い、とFBでうったえはじめる。でもまだロックダウンにはなっていなかったので、そんな中で旅行に行ってきた~なんてポストがあったりして混乱する。

ロンドンでは2月も後半になると、マスクをする人が少しだけ出てきた。といっても見るのは1日に片手で数える程度。アジア人だけでなく、白人の人も時々いる。中にはガスマスクみたいなすごいのを付けている人も一度だけ見かけた。

イギリスは特に咳をするときに肘ではなく手で覆う人がまだ多く、電車の中ではそれこそこぶしを口の前に持って行くだけの者、指を大きく開いたパーでカバーするものも多い。そういう人達を見るたびにアジア人の私が彼らを凝視wというか、この時期公共機関で咳してるのイギリス人ばっかりだった。

この頃から、コロナに関するアジア人差別の話題も出始める。我が家は特に経験無し。一方、被害が広がり始めたイタリアからの観光客と鉢合わせたり、イタリア語が聴こえてくると軽く身構えてしまって、まあこういうことなんだよな・・とも思ってしまった。

そういえば2月は、フランスやイタリアにスキー旅行に行く人も結構いた。ちょうどベイエリアからタホにスキーに行く感覚。今イギリスで広がっているのは、中国からというより、ここらへんからの感染がばーっと広がったんだろうなと思う。

学校でイタリアにスキー旅行に行く所もあり、どこの学校がスキー旅行に行った云々という情報が保護者のWhatsappグループにも流れてきたが、それに対して他の親のうち1人は黙って保健省のサイトのリンクを貼り、1人は黙って手洗いや予防方法をわかりやすくイラストでまとめたページをシェア、以上。だった。さすがkeep calm and carry onだ。

まだ出歩いてお友達とご飯食べたりもしていたこの頃。遠い昔のようだ。

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3月

1-2週目
だんだんヨーロッパの状況がやばくなってきて、アメリカはイギリス以外のEUからの外国人を入国禁止に。翌日にはイギリスも禁止リストに入った。アメリカ人やGCホルダーはまだ大丈夫というけれど、ドギマギする。アメリカに行ったとしても2週間隔離だろう。アメリカからこちらに遊びに来ることになっていた友達一家も、最後までちょっと迷っていたようだけれど(!)、当然ロンドン行きはキャンセルに。

ヨーロッパの各国の状況が酷くなってきているので、春休みの旅行のチケット、日本里帰りのチケットをどうするかで周囲が阿鼻叫喚な状況になったのもこの頃。フライトはどんどんキャンセルされていき、スペイン各地行きの飛行機数機が、飛行途中でUターンしてロンドンに戻ってきた、などというニュースも。我が家は特に予定を立てていなかったので助かった。

スペインやポルトガルもロックダウン、各国の同僚達が自宅勤務。自分のアパートのバルコニーから、階下にあるスーパーに入るのに間隔あけて並ぶ人達の様子がシェアされてきた。

色んな形で各国の状況を追っていたせいか、夫との間で外出に関する意識の差が出てきたのにもストレスがたまる。3月初頭はまだトイレットペーパーもハンドサニタイザーも、店頭に普通に並んでいたし、イギリスでの危機感はまだまだだった。

3週目
意識的に買い物を多めにし始める。スーパーでもパスタやトイレットペーパーが品薄になり始め、そこだけ棚がすっからかんになっていて変な笑いが起きる。「買う前によく考えて」のサインがそんな棚には貼ってあるが、それを見て何が特に品薄か気づいてしまう罠。

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そのうちどんどん他の棚も空になりはじめたが、写真撮るのはやめた。ここらへんは日本でも必要以上に報道されていた気がする。ほぼ何も残っていないスーパーで、買えるものを買っていた感じ。それでも野菜コーナーではマッシュルームは売れ残っていたり、パスタコーナーではラザニア用のシートは売れ残っていたりと、売れてないものが逆に気になったw

スーパーの品薄問題は、絶対的に品物が足りないというよりは、皆が店に殺到して爆買い→流通は普段以上に頑張っておりしょっちゅう配送トラックも来ていた→従業員も忙しすぎて、それを棚に並べるのが追い付ていない、という状況もあり、店に行く時間によっては結構揃っていることもあった。私の周囲のイギリス人は、とにかく買いだめをする人達に対して憤慨する声のほうが多かった。

同僚がコロナ風の症状を発症。私はずっと在宅だったので、1ヶ月ぐらい会っていなかったのだけど、普段は机並べて座っていて、小さな子供からもらってきた風邪をうつされたこともあったので、在宅にしておいて良かった・・・。普段から、結構子連れで人混みの中に出かけてる様子がインスタに出ていたので、うーん大丈夫なのかな?とちょっと思っていたのだった。

サンフランシスコでもロックダウン、学校も休校。こっちもそうなるかな、と思ったら最初は「集団免疫云々」の方針を打ち立て、成り行きに任せる風なスタンスだったイギリス政府。

買いだめ(というと語弊があるが・・)なんてしなくてもいい!と言っていた夫であったが、スーパーのオンラインデリバリーの配達予約も向こう3週間いっぱいでできない、という状況に気が付き焦ったようで、とりあえず米と、数ロールしか家に残っていなかったトイレットペーパーはアマゾンで確保した。

そうこうしているうちに、夫の会社も在宅勤務になる。最初はチームを2つにわけ、交代制で出社とか言っていたがあっという間に全員在宅になった。私と旦那、それぞれリビングとベッドルームで仕事。

子供の学校はまだあったが、アフタースクールには行かず早めにピックアップ。

アメリカでも、大人は用心して早くから自宅隔離してたけれど、子供が(コロナじゃない)別の酷い風邪もらってきて一家ダウン、なんて友人もいたし、子供が媒介になり家庭に入ってくる病気は多い。コロナは子供の症状は軽いというけれど、子供経由で入ってくることも多そう。早く学校も閉まらないかな、と思い始める。火曜日に今週いっぱいで学校閉鎖の噂が流れ、水曜日には、金曜日で学校閉めます、との発表があった。

学校閉鎖は、まず午前中にウェールズスコットランドでの閉鎖が発表され、その日のうちにイングランドも追従する形で発表された。予防対策という意味の他に、教職員でも病欠者が増え、学校維持が大変になってきたという理由もあったらしい。子供のクラスの友達でも、お年寄りと同居していたりする家庭など、すでに学校を休み早めに自主隔離しているところもあった。

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同僚達から送られてきた学校閉鎖ニュースへの反応w

ピアノのレッスンは早速Skypeに切り替え。ジムなども閉まり始める(夫が行き続けていたのでほっとする)。地下鉄も駅が一部閉まり、間引き運転が始まる。これも学校と同じで、スタッフの病欠が増え人手不足という理由もあるらしい。戦慄。

そんな中でも世の中では、スプリングブレークだとバカ騒ぎしているフロリダの若者とかいて、隔世の感。

ロックダウンの発表はなかったが、ロックダウンの前提での生活を始める。料理はある材料を最低限の量作って食べる。子供は学校で勧められたオンラインラーニングゲームを早速始める。夜はロンドンの友人達と、Skypeを使ってバーチャル飲み会。真夜中まで喋り倒して、スッキリした。

こうやって見ると、3月の3週目(3月16日以降)からうわーーーっと物事が変わっていった感じがする。これ、まだ先週の話なんだよな。もうずっと前のような気がする。他にも色々あったと思うけど、思い出したらまた書きます。

バレンタイン2020

ハッピー伴天連タイン。

冷たい雨風が身に染みる日が続くロンドン。
コロナウィルスの騒ぎは、ここにはどれだけ浸透しているのか?

最近はたまたまですが、会社にはいかず在宅で仕事する日も多く(そこらへんがめちゃくちゃフレキシブルな職場なので助かる)、バスや電車に乗らず、50分ぐらい歩いて通勤してみたりする日もあったりして、なるべく人混みは避けるようにはしています。

サンフランシスコではここ数年山火事が多発して、大気汚染が酷い時期があり、皆さんマスクをつけることに抵抗が多少は減った気がしますが、ここロンドンではまだまだ。同僚も、「マスクをつけてる人を見ると何か病気かとギョッとする」だそう。週末出かけたときには、それでも5人ほどマスクしてる人を見かけました。3人は東アジア人、1人は多分ネパール人、1人は白人。でもそういえば2週間ぐらい前に地下鉄の駅で、ガスマスクみたいなものすごい装備を付けてる白人のお兄ちゃんを見かけたなあ・・。あれはコロナ対策だったんだろうか。

どちらにしろ、みんな咳やくしゃみをする時は手じゃなくて肘で覆え!(これもイギリスでは全然浸透してない)っていうかまずトイレから出たら手を洗え!(昨日も洗わずそのまま出た人目撃)ってもうそこからどうにかしてくれという感じです(苦笑)

さてバレンタイン。もう素敵なレストランを予約して夜お出かけするのも面倒くさい年頃になってしまいました。そこで、今年のバレンタインは、せっかく寄付されたのに、クルーズの乗客に配られることがなかったという崎陽軒シウマイ弁当の話を読んでから、頭から離れなくなっていたシューマイにしました。

シウマイ弁当も良いですが、崎陽軒のウェブサイトに出ていた「中華弁当」のほうが個人的には美味しそう・・・!

海外暮らしでは、こういうものもなかなか既製品では手に入らないので、もう適当に作ってしまえ。ということで、家に少し残っていたワンタンの皮に、適当に豚肉などを包んで蒸し器で蒸しました。

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ちょっと余裕があったのでチョコレートケーキも焼いてみました。しかし気がつけば冷蔵庫にバターが一かけらしか残ってない!でもこういうケーキって、サラダ油やオリーブオイルを使うのもあるよな・・・っていうか、バター無しでもいけないかな?ということで、こちらのレシピをお借りして作ってみました。

www.gemomoge.net


バター無くても無問題!パサつくこともなく、普通に美味しくできました。バターの存在意義はなんだったのだ?!笑。盛り付けは子供がしてくれました。アイスクリームが固くて、スクープではなくスクレープ(削った感じ)になってます(笑)

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アメリカでもイギリスでも、バレンタインはどちらかというと男性側があれこれする日。今年もパパによるお花とチョコレートのお土産がありました。お花、こちらでは菊とか普通に入っているのも多くて、仏花か!というのを買ってくることも多く(特にスーパーで売ってるやつ)、昔は花を買うならこの店のみでお願いします、などと指定したりしていましたが、今年は合格!

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子供はというと、アメリカにいた時は、「バレンタイン」と呼ばれる小さなカードやお菓子を友達と交換するイベントが学校でありましたが、学校をあげてのアクティビティはイギリスでは無し。ただし、男女関係なく、気になる子に匿名でバレンタインカードをあげる風習はあるそうで、クラスでは4人だけ、そんなカードを誰かから受け取ったんだそうです。

そのうち2人は、どうも相思相愛だったようで、クラス初のカップル誕生だとか。といっても、誰もその2人をからかったりはせず、静かに見守っているんだそうで、随分大人だなぁ。って、日本でいったらまだ小4なんですけどねぇ。

アメリカでのバレンタインの様子は、こちら。

marichan.hatenablog.com

ニース旅⑦ ニース色々覚え書き

ニースの旅、その他色々細かいことを。

  • 本当は電車に乗って、カンヌやモナコにも行ってみたかったけれど、パリほど酷くは無いものの、ストライキの影響で電車の運行が不定期だったので諦めた。Airbnbのホストのおばちゃんは、カンヌはちょっとビーチはあるけど、他に特に見るものは何もないから行かなくてもいいわよ、だそう。


  • 隣町のアンティーブには足を伸ばした。ニースはやはり都会な感じだが、こちらはもっと鄙びていい感じの海沿いの街。確かフィッツジェラルドの小説もここら辺が舞台になっていなかったか。ピカソが住んだ海沿いのお城、今は美術館になっているものの、残念ながら休館日。寒くてごちゃごちゃしたロンドンからニースにやってきて、それだけでも癒されると思ったけれど、さらにもっと落ち着いた場所に来て、さらにホッとした感。年を取るとだんだん、こぢんまりした所のほうが良くなるのかな。

  • アンティーブでは街をウロウロしたり、あまりに天気が良かったので、これまたビーチでひたすら太陽を浴びたり。目の前では他所のおじちゃんも寝転がりながら読書中。ニースにも沢山来ていると思うけれど、アンティーブでは特にイタリア語が良く聞こえてきた。駅の案内もフランス語とイタリア語で書いてあったり、ランチに入ったお店では、店主のおじちゃんがフランス語とイタリア語ごちゃまぜで話しかけてきたり。
  • うまく説明できないし、こんなことを言うと色々誤解もあるかもしれないが、ヨーロッパの中で実はフランスは自分の中であんまり住みたいと思える場所ではない。と言っても、文化とか言葉とか、興味がある部分も多々あるんですが・・特にパリはいつも冬に来るせいか、都会すぎるからか、住んで色々経験すると辛そうなイメージが自分の中で何となくある。でも今回もう少し南のほうに初めてやってきて、ここらへんはなぜか好きになった。自分の中では相性がなかなか良い、イタリアに近いからだったりするのかも・・・。


  • ラビオリ専門店がいくつかあった。そこで買ったラビオリを茹でて、ビーフシチューと一緒に自炊ディナー。ラビオリは頼むと、必要な数をここからカッターで切って売ってくれた。ビーフシチューとラビオリを一緒に食べるのがここら辺の食べ方だとか。そんなところもちょっとイタリアっぽい。


  • アンティーブの往復に乗った電車。ホームに電車が入ってくる時になる音楽は、なぜかTRFの「マスカーレード♬」と全く同じの3音。時々機関銃を持った鉄道警察みたいな人達が乗り込んで来る。アフリカ系の乗客一人になぜかターゲットをしぼり、尋問していた。駅の電光掲示板には、イタリア各都市が行き先に表示されていたりして、ああ、出来るものならそんな遠くにも行ってみたい。
  • やはり過去にテロ事件もあり、クリスマスマーケットも、ヨーロッパ各国でテロの標的になったりすることもあり、年末の雑踏にはそうでなくても警戒中の軍人さんが結構ウロウロしていた。一度は、私達と歩く方角がたまたま同じだったようで、気が付くと15分ぐらい、周囲を数人の機関銃をぶら下げた軍人5人ぐらいに囲まれる形でずっと歩く羽目に。ああいう軍人さんって、手を機関銃に添えて、ちゃっちゃと歩くわけではなく、周囲を見回しながら結構独特のペースでゆっくり目に歩く。まあ安心ちゃ安心だけれどやはり銃口が近くにあるとドキドキしますね。
  • ニース市内を走るトラムはとても便利。チケットは乗り場の機械で買い、社内の機械に通して印字する。意外と皆さん正直にちゃんとチケットを買って機械に通していた。お年寄りが乗ってくると席を譲ると同時に、お年寄りが持っているチケットを機械に通してあげる光景も。駅名のアナウンスは、はっきりくっきり聞こえるように、ということは全く意識しておらず、駅によって子供の声だったり、異次元シンセサイザーみたいな音楽と一緒にささやくような声で言ったりするのが不思議といえば不思議だった。


  • ニースにはナポレオンも何度か滞在していたとかで、彼が逗留していた建物がある場所はボナパルト通り、になっている。こちらはポケストップにもなっています(笑)。軍人として彼がここに来た当時は、まだここはイタリアだったそう。


  • 騙し絵になっている窓。窓はホンモノだけれど、窓枠の白い装飾部分はよーく見ると・・・・絵!


  • この建物に至っては、壁一面、窓から何から全部絵!


  • ニース美術館、こじんまりしているが思いのほか良かった。丘のほうにあり、あまり人の出入りもない。お屋敷を美術館にしたところで、この近辺に滞在して活躍したアーティストの作品が展示されている。フランス語で少し説明がある程度で、ああこれは見たことある絵だな、程度の浅い知識で見るしかなかったが、中でもインパクトがあったのは、ギュスターヴ=アドルフ・モッサ。ニース生まれで、この美術館のキュレーターをしていたこともある人だそうだが、1900年代初頭に描かれたイラストレーションは、現代のアート系のアニメのイラストかと一瞬思った位だった。

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  • 美術館の中庭のベンチでのんびり日向ぼっこ。隣のベンチに座っていたアジア人女性、私達がベンチでのんびりしていた間30分以上、片時も携帯をはなさず、セルフィを撮っているのか、ずっと携帯で自分の顔ばかり見つめていた。謎だ。全部フランス語だしわかんないつまんなかったーと言って美術館から出てきたアメリカ人女子も、いかにもアートを楽しんできました然のセルフィーはしっかり撮って帰って行った。ううむ。


  • もう少しいたかったよな、と思いつつも、大晦日の日にニースを後にして、ロンドンへ。帰りの飛行機には、大晦日の夜に思い立ってロンドン行きのチケットを取ったという若者2人が後ろに乗り合わせてきた。乗ってきた時から既に随分酔っ払っていて、フライト中も歌を歌い続けたりと大騒ぎ。ロンドンで年越しをした後とんぼ返りするつもりらしいが、ロンドンに着いてもどこに行くかは決めておらず、クレジットカードは持っておらず現金は手持ちの300ユーロ、しかも携帯の充電はすでに切れつつあるらしい。それでも飛行機の中で頼むと高くつくジャックダニエルの小瓶を一人2本ずつ注文し、空港からロンドンに行く電車のチケットも買い、着陸後は極寒のロンドンに向かって薄着、手ぶらのまま、うおーとものすごい勢いで走り去っていった。この後どんな冒険をしたのか、無事にその後ニースに帰れたのか、気になってしょうがないが知る由もない。

ニース旅⑥クロワッサン

料理を作る過程が複雑であればあるほど、その国の文化の度合いが高い・・・のかはわからないけれど、少なくとも時間をかけた料理をするには、色々余裕は必要。

通っていたキリスト教系の高校で読まされた聖書の中に「種なしのパン」が出てきたのをふと思い出す。イーストを入れず、粉と水だけで作る平たいパン。奴隷から解放されたユダヤ人が、エジプトを脱出する時に、イーストを入れてのんびり生地を醗酵させる余裕など無いので、とにかく大急ぎで作った、というのが妙に印象に残っている。

家でもイーストを入れたり入れなかったりして色々なパンを焼くことがあるけれど、クロワッサンだけはどうしても手間がかかりすぎて敷居が高い。とても自分ではできそうになかったので、フランスにいる間に、フランス人に教えを乞うことにした。

クロワッサンは、醗酵した生地にバターを折り込み、何層にも折りたたむ。作り方はパイ生地と似ているけれど、バターを織り込む生地にイーストが入る。

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どーんと用意された業務用バター。

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これを適量とり、薄く伸ばしてシート状にする。冷蔵庫に入れ、少し固めてから、伸ばしたパン生地の上におき、封筒のように生地で包み込む。

バターが包まれた生地は少し伸ばし、向きを変えて折りたたみ、冷蔵庫で少し休ませてまた折りたたみ、を繰り返して層を作る。

あとは長方形や三角形に生地を切って成形し、ちょっと醗酵させてからオーブンへ。

こう書くとずいぶん簡単に感じるな、あとは慣れの問題なのかもしれない。レシピによっては生地を寝かせたり冷やしたりで2−3日はかかるものもある。このクロワッサンも、最初の生地は先生が前日に用意してくれていた。

家でもその後二度作ってみたが、一度目は家にあったイーストが死んでいて膨らまず、硬いパリパリのものができてしまった。二度目は家にあった強力粉と新しく買ったイーストを使ってみたら、必要以上に生地が膨らんでしまい、外はパリッと美味しいのだが、中は層にはなっているけれどふわっとした、クロワッサンとはなんとなく別モノの、不思議なパンができてしまった。

三度目の正直はあるかもしれないが、やはり色々余裕がないとなかなかそんな手間もかけられない。ちょっと近所のベーカリーに行って200円も出せばちゃんとプロが作った美味しいクロワッサンが手に入ると思うと、なかなかまた手が出ない。聖書の中のユダヤの民のごとく、仕事から帰って慌てて粉と水をガーッと混ぜて、フラットブレッド様のものや、春巻きの皮様のものを作るのが精一杯、毎日がエクソダスである。

**

さてこのパン教室は、フランス人のお宅にお邪魔して教えてもらった。ワシントンから来たという別家族も参加して、先生の大学生の息子もアシスタントに入りワイワイとおしゃべりをするのもなかなか楽しかった。

息子さんはフランスの大学1年生なのだが、流暢な英語でフランスの教育制度から税制度、政党政治、ニースの歴史や文化のことまで、なんでも聞くと打てば響くように、本当によどみなく色々と答えてくれたのにもいたく感銘を受けた。

なんでも法律を勉強しているそうだが、フランスでは医学生と法学生は国立大学に行くので、学費がほぼ無料らしい。しかし勉強は厳しく、競争も激しく、どんどん脱落していくんだそうだ。そのしっかりした話し方からして、彼もずいぶん優秀そう。ついでにクロワッサンの作り方も知ってるわけか、すごいな。

教室では1人9個分のクロワッサンが焼けたが、家族3人で参加したのでものすごい数できてしまった。紙袋に入れて持ち帰ったが、全部食べきれるわけもなく、バターが滲み出て袋はものすごいことになった。

自作してバターの量が半端ないことも良くわかり、あまりしょっちゅう食べるべきものではないことも良くわかった。家で作るとやはりある程度の量ができてしまうので、やはりしばらくは店に行って買い求めた方が色々良さげではある。

そういえば前回パリを訪れた時は、巨大マカロンを作ってみた。その様子は料理ブログのほうに

www.maricafejp.com

ニース旅⑤ ニースで食べたもの

ニースで食べたものを淡々と羅列するよ。

ニース南駅

以前は電車の駅だったこの建物、一時はお取り潰しの危機にあったそうですが、現在はフードコートとして再生されています。

夜に行くと、こんなプロジェクションがされていていました

色々なレストランの他カフェバーや、ちょっとした雑貨屋さんも入っています。

お肉屋さんの出店があり、思わず頼んだビーフタルタル。かなりなボリュームで、生肉でお腹がいっぱいになるという、ちょっと今までにない経験をしましたw

パパはシーフードのカナッペ的なものを注文、足りるのか?と思いきや、

どーん!とウニやエスカルゴの盛り合わせも・・・。これはさすがに同じテーブルにいたフランス人一家もチラ見してました(笑)

どこに行っても食べたいものは一貫している子供は、フランスにもしっかり上陸している「ラーメン」を(写真は無し)。

後日再度ここでいただいたランチは

クスクス(重かった)

子供は今度は、ポキボウル。

そしてパパはまたこれ。また隣の席の人にチラ見されていました(笑)

家族でも好きなものが食べられるし、レストランの開店時間を気にしたりする必要もないし、特に子供がいるとこういうフードコートはとても助かります。

lagaredusud.com

巨大イタリアン

この地域はもともとイタリア領だった時期が長かったそうで、イタリア風な食べ物もたくさんあり、ピザやイタリア料理屋さんもずいぶん充実していました。

こちらは宿の近くにあったイタリアン。通るたびに、お客さんが食べているパスタが美味しそう。結構お店が閉まる週末も開いていて、いつもお客さんでいっぱいなので、間違いないのかも、とディナーで行きました。

どーん!とフライパンのまま出てくる、トリュフのパスタ。激ウマ!これ全部食べられるか?と思ったけど、トゥルッといけてしまいました。

カルパッチョもこの通り・・。

しかし何よりこの店、ボリュームがすごい。インスタストーリーに載せたこちらの写真をご覧あれ。たらい位のお皿にどーん!とやってきます。

こちらはトマトソースのパスタだったんですが、さすがフランス、乳製品の量が半端ない。普通のトマトパスタがいいな〜とも思いましたが、これも美味しかったです。乳糖不耐症の薬はしっかり飲んで臨みましたが・・。

ニースで行ったレストラン、料理が出てくるのが遅いお店もぼちぼちあったのですが、こちらはさすがに大量のお客さんをさばき慣れている感じで、ぱっぱとタイミングよくお料理が出てきたのもとてもよかったです。

www.tripadvisor.co.uk

スイーツ

やっぱりおフランスのケーキは美しい!そしてワクワクします。とは言いつつ、そこまで甘いものが得意でもないため、お店の写真は撮っても食べずに通り過ぎるばかりでしたが、これまた宿近くにあったパティスリーのケーキも美味しかった。

レモン、バニラのムース、ベトナムチョコレートのタルト。今回の旅、前回のパリに続いて英語がよく通じることに驚く?旅だったのですが、ここでの注文は全部頑張ってフランス語で通してみました。って、挨拶から始まって、これとこれとこれをください、でカードで払いますよ、で最後にまたお別れの挨拶、みたいなめちゃくちゃ短くて基本的なものばかりですが(笑)相手もフランス語で対応してくれたので大成功大満足w 

今回は自炊もしたので、外でいただいたのはこんな感じで。