愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

アトーチャ駅を出て

Leaving the Atocha Station

Leaving the Atocha Station

マドリードに行く前に、せめてマドリードが舞台の本を一冊でも読んでおこうと思い、図書館で借りた小説。

英語の旅専門ブログ的なサイトを色々みていると、日本語同様「マドリードで行くべき場所10選」みたいな記事がたくさんあり、同様に「マドリードに行く前に読んでおくべき本10冊」という記事も色々出てきた。

どの記事も似たような感じだったが、だいたいおすすめとして挙げられていたのがヘミングウェイ、そしてスペイン内戦が舞台となった歴史小説の色々。やはりスペインの内戦(ピカソゲルニカが有名な)の傷跡とインパクトはとても大きかったから、内戦の時代が舞台の小説もたくさんあるみたい。

でももう少し最近のスペインの話を読みたいよなあと思ってリストの中から掴んだのがこれ。

アメリカ人が書いたこの小説の主人公は、財団から資金をもらい、マドリッドに滞在しているアメリカ人。彼は学校に所属している学者とも留学生ともちょっと違う「詩人」で、スペイン内戦をテーマにした詩を創作する、というプロジェクトのためにマドリードにいる。

とは言え、彼は自分のスペイン語に自信が無いし、プロジェクトも進まず、毎日日課のようにプラド美術館に通って同じ絵を見つめ、現実逃避のようになぜか部屋にこもってトルストイを読むという日々。あとはネット。精神安定剤も飲んでいる。

そんな日々の中でも、彼の詩作に興味を持つスペイン人と知り合ったり、なんだかんだ言ってスペイン人の女の子とも関係を持ったりする。そんな「現地の知り合い」のつてで、彼らのパーティーに呼ばれたり、輪の中に入っていくのだけれど、彼らのスペイン語での会話はわかるようなわからないような。主人公はあてずっぽうで状況を理解したり、相手が何言ってるかわからないから適当に笑っていたら実は深刻な話をしていたので、相手から殴られたりもする。

とにかく主人公はスペイン語が得意ではない意識が強くて、あまり多くを語らないというか語れない。また語ろうにも自分は薄っぺらな人間なのがバレてしまうのが怖いので、逆にそれを逆手に使って、まるで自分ではない、深淵で謎めいたアメリカ人みたいなキャラクターを演じる。母が死んだとか、父が暴君だなどと嘘をついて、全く違う自分を演じたりする。

・・・と話自体はスペインが云々というわけではなく、スペインに短期滞在しているアメリカ人という異邦人が、創作できない、ある意味リア充ではない、先が見えない、自信がない、いろんな不安や言語に対する劣等感みたいなのがごっちゃになって、とにかく不安定な色々な心模様が描かれた話になっている。

でもなんとなく、外国に住んだことがある人ならああ・・とわかる部分も結構ある。

相手の言っていることを自分が100%本当に理解しているのかなんてわからない。自分の想像や推測で補完したり理解することもある。そしてそういうやりとりは、結局相手とのコミュニケーションというより、他人との会話なのに結局自分の内面が反映される、自分との対話になってしまう。本当に相手がそう言っているのかどうかは、どうでも良くなってくる。

人に囲まれているのに、結局自分の内面とばかり向き合う感じになってしまうから、そりゃしんどくなったりもするわな。

本のタイトルになっているアトーチャ駅は、マドリードにあるターミナル駅で、2004年にアルカイダのテロ事件が起き、200人近くが亡くなっている。この小説でも、主人公が他人を通して自分の内面とばかり向き合っている時に、この事件が起きる。知り合いのスペイン人たちに引っ張られるように、一緒に抗議のデモに参加する主人公。でも結局これも自分のイッシューとも感じられない。

自分の生活も感情も行動も何もかもの中から、当事者意識みたいなのがなくなって気持ちがふわふわしてしまう、というのも外国生活ではなきにしもあらず。色々読みながら、まだるっこしい奴めと思いながらも、全く理解できないわけでもないのでああ・・と思いながら読んだ。

これだけ自分の内面では色々起きていつつも、自分は詐欺なんじゃないかと悩みつつも、結局彼の創作は評価されてなんだかんだ言って最後はうまくいく。

実はこの小説を書いた作者自身、詩人であり、この話と同時期にフルブライトからフェローシップをもらいマドリードに滞在していた。自分のことを書いてたのかな。

作者ご本人は発表する詩作では色々な賞を取り、この小説の評判も良く、大学で教えたりと、成功しているように見える。側からは成功していると見えても、やはり心の中では自分は詐欺だ・・と悩んだりしているのだろうか。

そういえば、シリコンの谷で働いていた時、社内のセミナーみたいなので自分の不安をぶちまけるセッションみたいなのがあったのだが、どれだけ優秀な人でも「周りの人は優秀だがそんな中にいる自分は詐欺、フェイクなのではないか」と悩んでる人は結構いた。周囲には自信満々に見えるかもしれないが、アメリカ人の心の中だってそんなものなのだよな、人間だもの。ということも思い出した。

この本は翻訳はされていないみたいだけれど、彼の2作目の小説は翻訳版が出ているらしい。「前年発表した処女小説で思いもよらぬ評価を受けた詩人の”僕”」が主人公とのことなので、またちょっと本人にかぶる設定で書かれた小説っぽい。

10:04 (エクス・リブリス)

10:04 (エクス・リブリス)

「アトーチャ駅を出て」特にスペインのことをよく知るための本ではないし、読み終わった時は人の内面ばかり見せつけられて少し疲れもし、「あーあ」と思いながら図書館に返してしまったけれど、マドリードの旅行から戻ってきた今、あの街の雰囲気の中でどう心が動いていたのかもう一度想像しながら読みたくなり、もう一回借りてみる?などとも思っている不思議。