愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

本当のダウントンアビーの話

以前はまりまくってものすごい勢いで見てしまったダウントン・アビー

このドラマが撮影されたのはハイクレア・キャッスルと言う実在のお城。カーナーヴォン伯爵と言う本当の貴族がそこで暮らし、まさしくダウントン・アビーの時代、ダウントン・アビーらしい暮らしが繰り広げられていたわけで、そんな当時のことが書かれた本を図書館で掴んで読んでみた。


ダウントン・アビーの時代を生きた、5代目伯爵夫人、アルミナさんのことが中心に書かれている。

この由緒正しい貴族に嫁いだアルミナさんは、フランス人を母に、そしてイギリスの大富豪銀行家のアルフレッド・ド・ロスチャイルドを父に持つ女性。ただし両親は結婚しておらず、名目上アルフレッドは「ゴッドファーザー」と言うことになっていたと言うから、立場的にはちょっと日陰の存在であった。

でもそこはスーパー金持ちのパパを持つ身。正式な娘ではなかったけれど、ずいぶんと可愛がれ、お金も十分に注がれ、明るく育ったらしい。カーナーヴォン家に嫁いだことで立場も安定し、パパがどんどん出してくれるお金と、天性の性格で持って、かなりバイタリティ溢れる活躍をしている。

当時の貴族、もちろん素敵なドレスを着てお茶を飲んだりパーティーをしたり・・という生活をしていたのはまちがいないけれど、何軒も邸宅を持ち、そこで働くスタッフを管理し、城の管理をし・・・とやることはたくさん。パーティーを主催する一言で言っても、その趣向から規模から、普通の飲み会の幹事だって疲れるのに、それとは何百倍もケタ外れな社交イベントを毎回オーガナイズしなければならない。

アルミナさんはその点非常に長けていたようで、王様が遊びに来た時もものすごいお金をかけて部屋を改装し、ものすごいご馳走を出し、臨時列車を出させ、そして各駅の駅長やスタッフにも贈り物をするなどずいぶん抜かりない。

ただただエレガントにおほほ、と言っているだけでは務まらない、プロジェクト管理能力、社交力、ファッションなどの美的センス・・・いろんなことが要求される世界なのだなぁと言うことを今更ながら再認識した。

そして下階の人々の話。少数のお金持ちの生活のために大勢の人達が、住み込みでかなり大変な仕事をしていたわけだけれど、上階(貴族)の人達が豪奢な暮らしをするには下階(召使)無しには不可能だし、下階の人達はそれで生計が成り立っているわけで、なんとも不思議な共生がそこにある。

実際のところ、誰が伯爵夫人になろうが、大きな目的はこの家を回すことであり、貴族も召使も、皆にそれぞれ義務があり、歯車の一部になっている感じでもある。どっちもまあ、楽ではなさそう。

それでもこのお城は、当時としては結構ホワイト企業だったようで、労働条件などについても色々配慮はあったり、主人と召使という線引きの中にも温かい関係はあったらしい。

アルミナさんの人生のハイライトは、病気がちだった夫の世話をしているうちに、看護の才能に目覚めた彼女が、第一次大戦中、このお城を傷痍軍人のための病院として解放し、自らも看護にあたったり、さらに病院経営に大きく乗り出したりしたことで、この本もその部分に大きな焦点を当てている。

ただ社交や自分たちの「荘園」の経営だけを考えていれば良かった「古き良き」時代は過ぎ、近代化や戦争の波に、貴族の生活も影響を受けていく。

当時はまだ国民保険などもない時代、一般の人達が行ける病院などもそうあるわけではなく、そういう施設は、それこそこういうお金が有り余っている貴族が篤志家的活動の一環としてやることが、普通であったらしい。

ドラマ、ダウントン・アビーでも、屋敷を病院代わりに解放するエピソードがある。史実に基づく話だったわけだ。そういえば、ロンドン近郊のブライトンにある宮殿を見に行った時も、第一次大戦当時、インド人の傷痍兵のためにそこが解放された歴史の展示があったっけ。

お金持ちのロスチャイルドパパが、言われるがままにポンポンとお金を出してくれ、戦場で傷ついた兵士たちにはまるで夢の国のような療養の場を作りだしたアルミナさん。

単に「経営者」として君臨するだけでなく、実際の看護に当たったり、入院してきた兵士の家族に電報を打ったり、この病院で亡くなった兵士の葬式に自らも参列したり・・と、かなり実地的で心のこもった活動をしていたらしい。

同時に、この本では第一次大戦がどれだけ悲惨なものだったか、まだ医療技術もそこまで進歩していない当時、銃弾にあたり何週間もかけて帰国し、せっかくこの病院で回復しても、また別の戦場に送られて死んでしまう兵士の話、毒ガスの利用など近代戦の悲惨さ、終わりの見えない戦局への肉体的精神的疲弊なども淡々とではあるが書かれていて、読んでいるだけでぐったりした。しかしその20年後にはまた戦争を始めてしまうのだから、人間は本当に過去から何も学ばないものなんだろうか、と絶望的にもなる。

図書館の本には時に色々書き込みがあったりするものだが、この本も例外にもれず。いろんなところに線を引いたり、文章の校正をしているかと思えば、「戦争は何も解決しない」という感想だかメッセージともつかないようなことが書かれていた・・・

この他にも、ツタンカーメンの墓を発見したハワード・カーターに長年援助をしていたのはアルミナの夫である5代目カーナーヴォン卿。彼は墓発見直後にエジプトで急死して、「ツタンカーメンの呪い」ではないかと話題になってしまった人でもある。

亡くなり方はアレだったけれども、このような活動に資金援助をするのも、当時の貴族の「仕事」といえばそうだったのだろうなぁ。

さてこの本、著者は8代目カーナーヴォン伯爵夫人。イギリス人が書いた本は小難しい言葉が使われていて読みにくいことが時々あるけれど、彼女の筆致はとてもシンプルでスッキリとわかりやすくて、300ページほどあるけれどずいぶんサクサクと読めた。

彼女、結婚する前はプライスウォーターハウスクーパーズの会計士だったそう(!)。この他にもお城の歴史をまとめた本を何冊か出していたり、ブログもあってちゃんとコメントに返信までしてくれている。きっと調べたり書いたりするのが好きなのかも。

この本でも、ちょっとサービスなのか、唐突に入院患者の中に実際にいた、杖をついた患者ミスター・ベイツのことや、クローリーと言う苗字の患者のことなど、ドラマの登場人物と同じ名前の人のエピソードが織り込まれたりもしていた。

ダウントン・アビーの世界でも、労働党の台頭や、第一次大戦、そしてその後せまり来る大恐慌・・と、古い貴族の世界もどんどん戦争や近代の潮流に合わせて生き残らなければいけない状況の入り口に差し掛かっていたけれど、今のハイクレア・キャッスルも、年間維持費だけで1億6000万円かかるそうで、資金繰りはなかなか大変そう。カビだ何だでボロボロになった部屋を改築するだけでも、2億円かかったそうで・・・(ボロボロぶりはこちら)。

そんな中生き残りのため、先代の伯爵がこの場所をイングリッシュ・ヘリテージ(世界遺産のイギリス版みたいなものか)に登録して一般解放したり、ダウントン・アビー撮影ロケ地となる前から、スタンリー・キューブリックの「アイズワイドシャット」などの映画の撮影場所として提供したり、色々頑張ってきた模様。この本も、15万部のベストセラーになったというからなかなかどうして。

ハイクレア・キャッスル、結婚式場としても貸し出しているらしいですよ。解放日は夏の間だけのようなので、ぜひ引越し後に行ってみたいかも。