愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

はじめてのプロム

チケットを譲ってくださる方がいて、思いがけずBBC Promsに行ってきた。

ハイドパークの端、ロイヤルアルバートホールで毎年開催されている、夏のクラシック音楽祭。7月から9月まで、70回以上の公演がある。そしてそのプログラムは全部違う。

演奏内容は、有名な交響曲あり、新作の発表あり、オペラの歌曲があると思えばインド音楽の夕べがあったりと、バラエティ豊か。夏休みなので、昼間には子供が楽しめるようなプログラムもある。

そんな様子はBBCのテレビやラジオでも放送されたりして、いわば夏の風物詩という感じなのだが、なぜか今まで行く機会がなかった。

子供とワクワクしながら、ロイヤルアルバートホールへ。このホールはその美しさもさることながら、円形になっていて入り口がたくさんあるので、入場時に全然混まない。トイレもそれほど並ぶこともないのが、地味にすごいと思う。ちょっとしたことだけれど、やはり多少なりとも受けるストレスがずいぶん違う。

プロムというと、アメリカでは学校の学年末のダンスパーティーを思い浮かべるが、このPromsはプロムナード、という意味らしい。

戦前どころかそれよりずっと前から開催されていたプロムナード・コンサートがもとなんだそうで、普段クラシック音楽になじみがない人たちでも、気軽にうろうろしながら聴けるようなコンサート、として始まったのだとか。

実際、このコンサートシリーズでは、ステージ前のアリーナ席みたいなところの椅子は取っ払われていて、立見席になっている。結構クラシック音楽をずっと立ったまま聴くのはつらいかなとも思うけど、当日だけとれる安いチケットだそうで、当日思い立ってふらっと立ち寄ることができるのはとても良い(もしかしたらずいぶん並ぶのかもしれないけど)。

私達が聴いたのは、尾高忠明さん指揮のBBCウェールズ交響楽団。日本にもN響があるけれど、BBCは傘下にいくつかオケがあるらしい。その主席指揮者を日本人が長くつとめているとは、知らなかった。

プログラムは、ラフマニノフエチュード「音の絵」のオーケストラ版、1900年代初頭のイギリスの作曲家、サミュエル・コールリッジ=テイラーのバイオリン協奏曲、そして最後はベートーベンの運命。

プログラムには曲それぞれだいたい何分ぐらいかかるかも明記されている。テレビ中継が入るからか、タイムキーピングがかなりきちっとしている感じがする。インターバルも結構長い感じがしたけれど、中継中のテレビやラジオでは、その間に解説者が色々楽曲や歴史について話をしたり、作曲家の別の音楽を流して紹介するコーナーが放送される。

前半は近代曲だったせいか、子供はあまりピンとこなかった模様。ラフマニノフなどは、初めて聴くよりは何度か聴きこんだり、自分で演奏すると色々フレーズに愛着が湧いてくるかもしれないね。

ふと1871年につくられたこのホールで響くオケの音、100年以上前もこんな感じで聴こえていたのかな、人々の見た目は違うし、天井からは機材が色々ぶら下がってはいるが、時代を超えて同じような音が流れているのかもしれない、などと想像する。

サミュエル・コールリッジ=テイラーは、今回初めて知った作曲家だったが、父親がシエラレオネ出身の混血の作曲家ということで「黒いマーラー」と呼ばれていたそう。存命中はどちらかというとアメリカでの評価のほうが高かったようで、アフリカ系アメリカ人からずいぶん尊敬されていたようだ。しかし残念ながらずいぶん若くに亡くなっている。バイオリン協奏曲は、昔の映画音楽を思わせるような、ドボルザークアメリカで書いた音楽のような雰囲気もあった。

バイオリンのソリストの人がこの後にアンコールで、オケの弦の人たちとカルテットでオーバーザレインボーを演奏してくれたのもとても良かった。この広いホールに、数本の弦だけが響くその音はとても甘美で繊細だった。そしてなじみのメロディを聴いたところで子供の脳も覚醒。

最後の運命は、知らなくても知っている有名曲だが、子供さえもあっという間に引き付けてしまう、ベートーベンのこの「メジャー感」はすさまじいなと改めて思った。前半との子供の食いつきの差がすごかった。

指揮の尾高さんはちょうどうちの父と同年代ぐらいだと思うが、度重なる拍手に、アンコールでもう一曲やってくれるかな?と期待したものの、やはりテレビ中継は時間がきっちりしているのもあるせいか、観客席に向かって自分の腕時計を指さし、その後ねんねのポーズをして、夜遅いからもうお休みの時間でーす、もうおしまい、のメッセージをジェスチャーだけでばっちり伝えて爆笑を誘い、お開きにしていた。

オーケストラは聴きに行くと、つい自分はステージに乗っている側でいたいのにな、という思いがつい脳裏をよぎってしまうものの、演奏する側であれ聴く側であれ、オケの音が広がる空間にいられる幸せにはかわりない。

このコンサートシリーズのいいところは、こうやって生で聴いた後、ネットにアップされている録音を後で聴くこともできるので、その場にいたのとはまた違う聴こえ方のオケを再度楽しめる。コンサートのライブ感と、録音で聴こえるもっと細部の音や表現、1回で何度もおいしいコンサートだった。

寒くもない、暑くもないロンドンの夏の夜、帰りはホールの真向かいにある王立音楽院を通り、大学キャンパスを横目にV&Aや自然科学博物館が並ぶ大きな通りをゆっくりのんびり散策して、ああロンドンはやっぱり良いなと気分よく帰宅した。