ロンドン滞在も終わりに近づいてきた土曜日の朝、私はひとりパディントン駅から電車に乗り、またレディングへ。
レディング駅からタクシーに乗り、その前の週末に訪れたフレンチレストランに向かったのでした。
正面のドアをドンドン・・・。
誰もいない。閉まってる!
時間は朝9時前。ウェイトスタッフがいるわけが無かった。
裏に回り、おそるおそる、キッチンへ。
「あの〜すみません、ここで修行させて下さい」
「何、ここで修行がしたいだと!ならば包丁さばきを見せてみろ」
先日もさっとしたナイフスキルのクラスで学んだ技術でもって、私見事合格。
スーシェフに任命されました!
・・・・・・
・・・
…というのは冗談!そんな話だったら良かったんですけど!w
ちゃんと事前に申し込みをして、ミシュランスターレストランの厨房で、ランチシフトに働かせてもらうという、非常に得難い経験をしてきました。
素人なのに、いいの?
いい〜んです!
なんか知らないけどこのレストラン、太っ腹!
レストランの中には、Chef's tableといって、厨房の中にテーブルをしつらえ、お客さんが厨房の様子を見ながらご飯を食べられるサービスを提供しているところがあります。
しかしこのレストランではさらにその上を行く「よろしい、厨房に入れて働かせてあげましょう!」という、料理が好きでたまらない人はまじで涙ちょちょぎれもんのサービスを提供していたのでした。
普通の料理教室では飽き足らない人には、もう最高!!
Food Networkやらそれこそ「Chef's Table」という有名シェフ達のドキュメンタリーやら、色んなシェフの本を読んだり、レストランを家業にしていた家族の話を聞いたりしてここ十数年過ごしてきたせいか、私、気が短いシェフ達に囲まれ、Fワードが渦巻く厨房で、スーシェフに怒鳴られながら、熱気とプレッシャーの中でヒーヒー言いながら働いてみたい・・・というあらぬ妄想を抱いておりました。
それがまさかそれが現実のものになるなんて・・・!
タダ働き?いえいえ、お金は払いますよ、こっちが!ww
働かされる上に結構なお値段お支払までしないといけませんが、いいんです、本当に得難い経験だから!
今回レストランの厨房で働いてきた話を後で友達にしたら、それこそ私が道場破りのように厨房のドアを叩いて乗り込んだと思って皆エキサイトしていましたが、いや、お金払ったというとすごーくがっかりした目をされました。
言ったら大人キッザニア?いや、でも実際かなりがっつり本気で、精根尽き果てるまで働きました。
レディングにあるフレンチレストラン、L'Ortolanは12年ミシュランスターを維持しているレストラン。
1990年代、「Chef!」というレストランを舞台にしたコメディードラマがBBCで放送されていたのですが、シェフ役の俳優さんもこのレストランで料理の手ほどきを受けたんだそうです。昔から素人さんいらっしゃ〜い!的な雰囲気があったのかもしれません。
現在のヘッドシェフのトムさんは結構若いお兄ちゃん。このレストランの生え抜きで、おフランスでももちろん修行してきたそうです。彼に厨房を案内してもらった後、衛生上の注意書きが書いてある書類に目を通し、サインをします。
素人を厨房に入れるなんて、レストランのリスクが高くないかな〜と思うんですが、「機材とか壊れたら保険に入ってるから大丈夫」なんだって。そんなもんかい?衛生上のお約束も、料理をやっている者なら常識の範囲の話。
お店のロゴが入った黒いエプロンを貰い、キッチンについている手洗い用のシンクで手を洗いさらに消毒をして、早速お仕事開始です。
他のシェフの皆さんは朝6時頃から出勤、昼の仕込みを始めています。結構人数は少なくて、メインのセクションに2人、オードブル(前菜)2人、色々手伝う下っ端(19歳)ひとり、ペイストリーとパン担当2人、スーシェフにヘッドシェフ、ぐらいだったか。テーブルは20以上はあったと思う。
まずは仕込みをだーっと手伝いました。
パンとデザートの仕込みの手伝い。
メインのキッチンから離れたところにペイストリーとパン用のキッチンが別にあります。デザートが溶けたらいかんから、ここは空調がきいている!
実は前週このレストランでご飯を食べた時、まず感動したのがパン。多分お腹が空いている所に焼きたての暖かいのが来たから美味しさが3割増しぐらいになったとは思うんですがw
パン職人のお兄ちゃんにあんたのパンは美味かったよ〜!と褒めちぎりながらのお仕事。兄ちゃん、実はパン作りは最近になって始めたんだそうです。この時点では、まだわいわいお喋りしながら仕事する余裕があった・・。
★ 写真の一番上の丸いパンの生地を、右手と左手に一個ずつ持ち、それを台の上に押し付けて丸くコネコネ成形。結構難しい。
★ 他のパン生地を、一定の重さに切り分け、終わったらラップをかけて二次発酵させる。
★ パフェに乗せるチェリーの種取り。まずチェリーのヘタの部分を切り、プラスチックのスプーンの柄で実が壊れないように種を慎重にほじくる。もっといいツールを使うのかと思いきや、すごくやりにくい。壊れたやつは食べる。時々無理にほじくると、種がぽーん!とキッチンの向こうに飛んでいくw
カナッペ(オードブル・前菜)セクションに連れて行かれる
チェリーの種を20個分ぐらい取ったところで、カナッペセクションのシェフが「ちょっと、手足りないから終わったならこっちに貸してよ」とメインのキッチンに連れて行かれる。
ペイストリーセクションは、パン担当の兄ちゃんと、唯一紅一点のペイストリーシェフのお姉ちゃんがいたのだけれど、他の料理のセクションと違ってパン焼いたりケーキ焼いたり自分のペースでやっているせいか、マイルドな雰囲気で、仕事もゆったり教えてくれた。そんな中でやっと仕事に慣れてきたのに〜。
カナッペセクションはメインのキッチンの中でも一番オラオラ、とんがってる兄ちゃん2名が担当。
★ セビーチェのソース作り。シェフの兄ちゃんが、油性マジックでステンレスの台の横にソースに必要な材料と分量を書いておいてくれるので、それを見ながらライムを切って果汁を絞ったりしたものを、プラスチックのスクイーズボトルに入れ、シャカシャカ混ぜる。
★ 何かわからないハーブをぽんと渡され、この葉っぱを50枚取ってと言われる。結構色が変わっている葉っぱも多いので、綺麗なのを選んで取るのにものすごく時間がかかった。そうしたらそれをみじん切りにしてと言われ、鴨肉に添えるチャツネソースに入れるもんだと後から知る。そんなんだったらもう少し適当にやればよかった。何か頼まれたらその用途など内容と背景は聞いておくに限る。
★ チャツネソースも作る。鴨肉に添えるポーチドピーチも切り分ける。
★ ライムを切ったりハーブをみじん切りにしないといけないのに、渡されたナイフが全然切れない。これはキッチンに置いてあるナイフだけれど、皆は自前のナイフ(日本製が人気)を色々持っているので、そっちの手入れはしっかりしていても、キッチン据え付けのナイフは使わないからか、ライムを切るのさえ歯が立たない事案発生。「ちょっと!これ切れないよ!」と兄ちゃんに研いでもらう。それでも微妙だったがなんとかやる。
★ とにかく仕事を頼まれるが、材料にしてもどこに何があるか知る良しもないので、黙って指示待ちしていると何も進まない。アレどこソレどこ、どこに置いて欲しいのとうるさく聞きまわる。出来たら出来た、次なんだ、というふうに仕事をどんどん取っていく。
★ 前菜は事前の調理や仕込みは既に終わっていて、オーダーの後で火を使うことは無かった。台の下の引き出しのようになっている冷蔵庫の中から、真空パックみたいになった調理済みの材料が出て来る。薄切りにした大きな輪切りのスイカを、炭で焼いてステーキみたいにしたものも真空パックに入っている。それを前菜用にサイコロ状に切る。
★ 真空パックにしたものには、何曜日というステッカーが張ってある。キッチンの壁のところに曜日がついたステッカーのロールが備え付けてあり、下っ端の19歳の兄ちゃんが、何か下準備しては、そのシールを張っている。
★ カナッペセクションの兄ちゃんは口が悪い。下っ端の子が何かしたのか「オイお前こんなサーモンの切り方あるか!ふざけんなテメー」みたいな感じで怒っていたり、何かしらFワードが聞こえてくる。ただし、言っていることはそんなに間違っていないのと、ちゃんとした仕事をしたいのだなというのはわかるのと、アラフォーにもなるとワカモンがちょっとそんな感じで荒ぶっていてもあんまり驚きもしなくなるのか、特に動じず、というより「ああ、これよこれ・・」と内心ほくそ笑む。
★ 前菜のビーフタルタルの盛り付け方を教えてもらう。生のビーフをセルクルに入れて形を整え、その上にスクイーズボトルに入っているソースをちょっちょっと載せ、さっと火を通してあるしめじ的なキノコを2〜3本、薄切りにしたラディッシュ3枚、カリッと焼いたパンのかけらを2−3枚突き刺し、そしてカイワレ的なスプラウトをちょびっと載せる。一個一個載せる量はほんのちょびっとなのに、一皿作るために6工程かかる。
厨房で働いてはいるが一応お客さんなので、そうやって作り方を教えて貰ったやつをキッチン横に設置されているテーブルで食べさせてもらう。とんがってる兄ちゃんのひとりが説明してくれた上に丁寧にサーブしてくれる。みんなが働いている時にすみません。
ちなみにこのテーブルは、「Chef's Table」として、普通のテーブルとは別に特別に予約して厨房を見ながら食事できるスペースとして、普段は提供されている場所。
花形、メインディッシュセクションは見るだけ
食べ終わったら次はメインのセクションに呼ばれる。テーブルの向こうに見えるのがメインの場所。ここにはバーナーというか、大きな鉄板がどーんとある。ガスバーナーは、特にフライパンなどを載せる「ごとく」があるわけではなくて、色んな大きさの穴が空いてるだけ。そこから火がぼーっと吹き出している。ダイヤルをねじって火加減調節とかではなく、そこにフライパンなり鍋なりを載せたり、穴を塞いだり、違う場所に鍋を置いたりして温度調節をしているらしい。すごく暑い。
ここには天井に頭がついちゃうんじゃないかという位の2メートル以上ありそうな背の高い兄ちゃんがいる。ここではSea Bream(鯛?)の焼き方を教えてもらう。皮を下にして、肉の色の輪がここまで変わってきたら出来上がり。ひっくり返すことはしない。
こうやって焼いた魚もまた食べさせてもらう。お客さんが来る前に腹ごしらえといった感じ。
メインセクションはさすがに火を使うのと、メインの火の通し具合などをどれだけできるのかわからない素人に任せるのもアレだろうしで、デモンストレーション的に見せてもらうだけだった(多分これはスキルレベルにもよると思う、厨房の経験あるならやらせてもらえるかもしれない)。
このスズキは前週旦那が頼んでいてとても美味しかったので、今回食べられてラッキー!
自分で食べるついでにデザートの盛り付けも
メインを食べたところで再度ペイストリーセクションに呼び戻される。
さっきはパンだけやったけど、今回はデザートの盛り付けを、ペイストリーシェフのお姉ちゃんが教えてくれる。
デザートのお皿も、フルーツだクリームだチョコレートだソースだと、既に用意されている材料を、それこそ何種類もお皿の上に乗せて盛り付けていく。あそこのタッパーの中にチョコレートの板が、あっちの台の上にソースが入ったチューブが、とあっちこっちに材料が点在しているのを、いちいちかき集めてお皿を作っていく。
このお店のデザートは美味しいんだけど量が多い。食べきれず。
それも言ったけど「そうなのよね、全部食べられないでしょ」ってそれでいいのかーい!
そうこうしているうちに、ウェイター、ウェイトレスの兄ちゃん姉ちゃんたちもぞろぞろと出勤してくる。片手にコーヒー、片手にオレンジを持って、それだけむしゃむしゃ食べている。ここのお店のウェイターの人達もイギリス人というよりは他のヨーロッパの人が多い。イタリア系、フランス系、多分ロシア人の兄ちゃんもいたかな。
仕込みも一段落して、お客さんが来るまでのちょっとだけ静かな時間、ウェイターの兄ちゃんがシェフの人達にコーヒーいるかい?と聞いて注文に合わせて淹れてあげたりしている。
私もこのスキにトイレに行っておく。
さて、お客さんがやって来てからがキッチンは戦場。果たして私はサバイブできたのか・・足手まといにはならなかったのかは、次回に続く!
キッチンと、お客さんが厨房を見ながら食事できる「Chef's Table(キッチンで働くのとは別のサービス)」を紹介したビデオはこちら。
レストランの全容はこちら。料理の盛り付けしてる左側の兄ちゃんが料理長のトムさん。
Michelin Starred, Luxury Dining Restaurant Video Tour - L'Ortolan