愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

ミュージカル忠誠

ジョージ・タケイのミュージカル「Allegiance」のロンドン公演を家族で見に行った。

ジョージ・タケイスタートレックに登場していた日系人俳優というとピンとくるだろうか。現在御年85歳だが、以前からSNSでの発信が注目されたり、ご意見番というかなんというか、若い世代にもまだまだ影響力がある人だと思う。60歳ぐらいでゲイだということをカミングアウトして、LGBTQコミュニティの顔の一人でもある。

このミュージカルは彼の子供の頃の経験がヒントになって作られた、戦時中の日系アメリカ人の体験を描いた作品。

そう、真珠湾攻撃の後、アメリカに住む日系アメリカ人は、アメリカ人であるにもかかわらず、敵国民族だというので、資産を没収され、収容所に送られたのだった。そしてそんな中、アメリカへの忠誠を表すために、志願して軍隊に入った人達もいた。日系人部隊、ヨーロッパでの救出作戦などで大活躍したが、出した犠牲者の数も相当だったそうだ。

会場はチャリング・クロス劇場という小さめの場所。舞台の配置が面白くて、舞台を挟む形で左右に座席が設置されていた。客席に着く時には、舞台を通って行く感じ。座席数は200ぐらい。

日系人の物語に英国人がどれくらい興味を持つのか、にも興味津々だったけど、ジョージ・タケイ本人も出演しているというのも大きな目玉かも(アメリカ人の観客も結構いた)。私達のサイドの席は前のほうに結構空席があったので、劇場の人が前に詰めていいですよ~と言ってくれて、一番後ろの席を一番安い値段で取ったのに、真ん中あたりに移動して観ることができてしまった。

物語は、日系人一家が収容所に連れていかれ、その中で恋模様があったり、1世の中では日本とアメリカどちらが大事なのか葛藤があったり、若者の間では軍隊に入って戦うか戦わないかで意見がわかれたり、そしてそれが戦後も尾を引いて・・・。

構成やセリフはちょっと粗削りな感じの部分もあったけれど、自分が日本人だからか、ぐっとくる部分が色々あった。子供は見終わってからしきりに「悲しい」を繰り返していたけれど、辛く悲しい話ではある。子供曰く隣に座っていた大きなイギリス人のおじさんが、なんども鼻をすすって、自分以上に泣いていたとのことだった。

アメリカに住んでいたころは、近所の日系教会で、子供達にこの強制収容所の歴史などをしっかり教えていたのが印象的だった。日本から来てアメリカに住んでいた自分と、日系アメリカ人はやはり背景や背負ってきているものが全然違うので、これは同じ「ジャパニーズ」でも自分の物語と言うわけではないのだが、一応アメリカ生まれの「ジャパニーズアメリカン」である自分の子供には知っておいて欲しいことだったので、ロンドンでこういう形で見せることができたのはとても良かったと思う。

さて・・・。アメリカにいた頃、日系人コミュニティの中で見聞きしていた収容所の話。当時の収容所の写真を見ると皆笑顔で写っていたり、過酷な状況の中でも色々工夫して生活していたり・・・、変な話、他の強制収容の話と比べると、あまり辛さを前面に出していないような印象があった。やはり日本人の美徳というか、このミュージカルの歌の歌詞にも沢山でてきた「我慢」の精神で乗り切ってきたからなんだろうか。

でもミュージカルで表現された収容所では、意地悪なGIがいたり銃口を向けられたり、十分な医療を受けられずに過酷な環境の中で失われた命があったり・・と、当然ながら別にパラダイスに住んでいたわけではない、という辛い状況を改めて認識した感じがした。日系人の間でも色々と意見の対立があったという事実も初めて知った気がする。

ただ後で知ったのだが、このミュージカルにおける収容所の描写については、日系人コミュニティの間でも正確なものではない、と随分批判があったみたい。実際はここまで酷くなかった、というと語弊があるのかもしれないが、だいぶ大げさだったり、これじゃあまるでナチスの収容所だよ、というようなシーンもあったらしい(男は右、女は左に並んで服を脱げみたいな)。そんな批判がある日米ウィークリーの記事はこちら。まあそうしないとドラマにならない、という面はあったのだろうが、収容所での生活が、もう少しCivilなものだったというのであれば、やっぱり私がアメリカで受けていた印象は多少あっていた、ということなのかな。

うーん、これは歴史をドラマにするにあたっての非常に難しいところではあると思う。日系人銃口を向けられ、財産も失いボストンバッグひとつで収容所に送られたという事実は本当だし、それは酷いことであるのは変わりないし、あるまじきことである。一方、史実をそのまま忠実に伝えると、その事実がいかに酷いことであるか、強く受け取り側に伝わらない、というジレンマもある。これは本当に誠実な科学者や医者がパンデミック時に、統計や研究結果に誠実に説明しようとして、一般大衆に全く刺さらなかった事例を思い出してしまった。

インパクトのある極論じゃないと反応しない民、というのは非常に危険ではあるのと同時に、エンターテイメントの手法としては多少仕方ない要素でもあるのかな、と思ったり、しかしエンタメと史実が組み合わさった時にどこまでそれが許容されるか・・あとは受け取り側の知性が試されるのかなとも思ったり。ただこのミュージカルに関しては、色んな人が日系人のジレンマ、苦難を知るきっかけになればよいのだがとは思う。やはり埋もれさせてはいけない話だと思うし。

パフォーマンスそのものは、小さな劇場だけれど生バンドがすごくタイトな演奏していて凄かった。役者さん達は日本人、日系人、日米日英ハーフ、フィリピンやチャイニーズ系の役者さんなど色んなアジア系の役者さん達が揃っていた。みんなアメリカから来たキャストなのかと思っていたら、ロンドンベースの役者さんも多くて、普通にアメリカンアクセントでしゃべっていたのでそれにもとっても感心。

85歳のタケイさんも年老いた主人公役、そしてお爺ちゃん役で舞台に出ており、考えたら義理父と同じぐらいの年なんだよな・・と思うとちょっとドキドキしてしまったが、プロってすごいなあと失礼ながらこれまた感心してしまった。舞台ではひょこひょこお爺ちゃん歩きをしてたのでいちいち足元の心配までしてしまったのだけれど、あれも演技だった気が今はしている。

タケイさん、芝居の後ロビーでサインにも応じて下さって、日本語でもちょっとお話することもできた。ロンドンで子供に日系人の歴史を学ぶ機会を与えてくれたことに滅茶苦茶感謝の意を伝えることができた。


allegiancemusical.com
ロンドン公演は4月8日まで。