愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

物語を通じて理解する世界情勢

最近本棚にあった米原万里さんの著作を読み返し始めた。ひとり米原万里まつりといったところです。

数多くあるエッセイの他に、チェコソビエト学校時代の彼女や周囲の人をモデルにして書かれたこの小説も久しぶりに再読。

主人公が通ったソビエト学校にいた謎の舞踏教師オリガ・モリゾウナの過去について、成人してロシア語翻訳者になった主人公が、ソビエト崩壊後のロシアを訪れ、昔の資料や同級生との再会を通じて、謎解きのように真実に迫っていく話。

ロシアのウクライナ侵攻が始まり、ロシアの内情が見えにくくなりつつあるけれど、国内でも戦争に反対するものが大勢逮捕されているという。実際投獄された人の話も聞こえて来るし、実際声を上げることにどれだけ勇気がいるのかと戦慄する。そんな状況の中読んだこの本の主軸は、スターリン時代の激しい政治的弾圧と、それによって人生を大きく変えられてしまった人達の物語。

以前も読んだ話のはずなのに、話の内容は全く記憶から抜け落ちていたのにも驚いたが、とにかくナチスユダヤ人迫害とやっていることは大して変わらない、滅茶苦茶な連行、移送、強制収容、思想的締め付けにKGB(の前身機関)の取り締まりはあまりにも凄惨すぎる。

物語はそんな中をサバイブした女性達の話ではあるのだが、昔読んだ時には気にも留めることが無かった地名や固有名詞も、今はより現実味と色彩を持って認識される。ああこういうことだったのか、こういうものの延長線上に今のロシアがあるのかと、色々な記事や歴史・政治の本を読むのとは違う形で、また目が開かれる思いであった。

家にあるのは単行本なのだが、その最後に米原万里池澤夏樹の対談も収められている。そこで彼女が語っていたこと

エリツィンチェチェンで失敗したのは、ジャーナリストを野放しにしたせいだ。敵の兵士を殺すより前に、ジャーナリストを殲滅せよ、とKGB出身のプーチン大統領は檄を飛ばした。それで男性の書き手はどんどん弾圧されて、今、女性の書き手ががんばっているんですよ。

ちょうどロシア政府が「フェイクニュース」を流すメディアは取り締まる、という規制を敷き始め、それを口実に海外メディアが弾圧されることを恐れて、特派員の引き上げが始まったところで読んだ。そして国営メディア以外も閉鎖が続く。ちなみにこの対談は2004年。ここで頑張っていると紹介されていた女性の書き手、アンナ・ポリトコフスカヤも2006年にアパートのエレベーターで射殺されている。これもまた戦慄。当然ながら色々なことは今に始まったことではない。



***


もう数週間前になるけれど、今のウクライナ情勢について、「ロシアの視点に立って」ロシアの歴史観、安全保障観を解説し、なぜ彼らがウクライナを攻撃するのかを解説した、テレビ東京豊島晋作さんのニュース解説YouTubeにあがってきて、とてもとても良かった。

内容も分かりやすくて良かったのだが、なにが良かったといって利用した参考文献やソースをしっかり提示してくれたところ。おかげで、色々なものを読み込んでの解説だというのがよくわかるし、自分でソースに当たることもできる(こういう姿勢を持って発信してくれる日本のマスコミがちゃんと存在するという発見も嬉しいものであった)。

そしてさらに良いなと思ったのは、最後の最後に、一般の人達が、こういう状況になったからといきなり難しい専門書を読んだりして、理解をしようとするのは時間的にもエネルギー的にも難しい、ということを理解した上で、おすすめ文献として、ロシアを舞台にした(この場合は独ソ戦争)小説も紹介していたところ。

小説自体は日本人によるライトノベル系であるようなのだけれど、考証がちゃんとしていて、良く書かれているものらしい(読んでないからわからないけど)。いずれにせよ、新書的なものを読むよりは、とっつきやすいだろうし、そこから興味が広がることもあるでしょう。そういう点で、すごく良いサジェスチョンだと思った。

誰が発信したのかよくわからないツイッター情報やネットの情報など、細切れの情報を自分でうまくつなぎ合わせられないままなんとなくアップデートを追うだけではやはり危険。それはどう頑張っても土台になりえない。色々なものに多角的に目を通し消化することの大事さを思う今日この頃。