愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

やけくそタイムチャレンジおせち料理

仕事が終わらない。

去年の11月から始まったプロジェクトがかなりきつい。キックオフの時点からこれじゃリソースも時間も足りないと訴え続けていたのに何も起きず、年末にちょろっとヘルプ要員があらわれたものの、現在いわゆるデスマ状態である。結構夜遅くや週末も働いている。こんな働き方をしたのは日本企業相手にしてた時以来じゃないだろうか。このプロジェクトが終わったらしばらく消えてやろうと思っている。

新年は機上で迎えたし(飛行機でカウントダウンでもするかと思ったけれど、パイロットは到着しても新年おめでとうとも特に何も言わないくらい普通で、新年だということさえ忘れる位だった)、帰るなり仕事に溺れるような状態だったので、日本のお正月らしいことなど全くせず。

それもあまりに癪だったので日曜日の夕方に、家にある材料とイギリスのスーパーで手に入る材料で、できる限りのおせちを作ってみることにした。調理時間は約二時間半のタイムチャレンジ。

なますは大根がないので人参だけ。田作りは賞味期限が一年ぐらい前に切れている小魚を使った。高野豆腐はアメリカから買って帰ってきた。あとは冷凍のかまぼことか、ミックス野菜。スモークサーモンのちらし寿司。伊達巻は手作りした。鱈をミキサーで攪拌して卵液に入れるとふわふわになった。小ぶりの肉の塊でローストビーフ

手早く料理を作るには、手伝いを入れずに全部ひとりでやる。特に家族には指示を出すほうが手間がかかってしまったり思ったようなアウトプットが出てこないこともある。仕事は集中してやりたいが、料理は意外とマルチタスクが得意なので、色々な調理を平行してやる。そこには洗い物も入っているので、料理が終わってもシンクは綺麗なままである。

本当はみんなをうまく指示して動かして理想のアウトプットが出るのが一番なのだが、仕事でも料理でもなかなかうまくできない。どうも一人でやってしまう。

でもキッチンにひとりでいるとすべてがUnder controlなので、ある意味癒しの時間である、作っただけで満足した。

それにしても久しぶりに食べたおせち料理は、調整はしたもののやはり甘い。普段の料理でこんなに砂糖を多用することがまずないので、食べていてモゾモゾしてしまった。昔は好きだった高野豆腐もそんなに食指が伸びない。お雑煮のお餅も余りがち。しかし子供に日本の伝統をちゃんと伝えるべく、年に一度は、やっておく。って、そのためには子供に手伝ってもらわないといけないではないか。

飛行機で見た映画を羅列するよ

実話に基づく映画。プレイステーションの言わずも知れているこのゲームのトッププレイヤーを、本当のオートレーサーにしようと開催されたGT Academyで本当にレーサーになっちゃう男の子の話。家にこもってゲームばかりしているのを、元フットボール選手だったお父さんは苦々しく思っていて全然サポートしてくれないんだけど、なんでも突き詰めるとこういうサクセスストーリーも起こるんだなあ、と結構フィールグッドムービーだった。舞台はイギリス、主人公もイギリスの子なところも良い。

ロックダウンの頃からウェス・アンダーソンの映画を家族で見るようになったのだけれど、これは最新作。ウェスアンダーソンの映画はご存じの通りビジュアルが素敵なのだがビジュアルに気を取られて話が入ってこないというか、見た後すぐに話の内容を忘れてしまいがち。この映画もビジュアルが素敵であったが、話はなんだか変な演劇舞台の出来損ないみたいな感じで、特に最後ははぁぁ・・という感じであった。でも色目がとにかく素敵。

無口なパン屋、実はもと殺し屋(?)なおじいちゃんが突然現れた、今まであったこともない孫を守るためにてんやわんやの大騒ぎ・・じゃなくてギャングに立ち向かう、みたいな話。話の筋としては結構あるあるな気もするが、パン屋というだけで見た。実際話の筋も終わり方も全く予定調和的に、元殺し屋が子供を守る時にあるあるな話だった。

なんでも舞台がもとになっている映画らしい。イギリスの老人ケアホームの人間模様を描いた映画。舞台の評判が高かったらしいが、映画もジュディデンチとか、デレックジャコビとか、イギリスの大御所が患者役で出ている。イギリスは国民皆保険で医療が無料でかなり社会主義的な部分もあるが、ここではそんな中で存続が危ぶまれる施設が舞台になっている。一応コメディということで老人患者のやり取りはくすっと笑えるのだが、途中でいきなりサスペンスかーい?!という展開になったと思えば、最後は取って付けたように、閉鎖された施設がコロナ病棟になり、そこでボロボロになりながら働く医者がいきなりカメラ目線で観客にNHSの意義を訴える終わりになり、ちょっと無理やりな感じで終わってしまったのでちょっとぽかんとしてしまった。ちなみに、舞台や映画で役者が観客に語り始める手法は、breaking the fourth wallというそうな。

イギリスの役者さんは、ハリウッドとはまた違いテレビ、舞台、映画と結構色々な規模やタイプの作品に気軽に?出る人が多くて、この映画でもどこかで見た事がある役者がいるけど、どこで見たのか思い出せなくてずっとモヤモヤしていたのだが、後で調べてみたらBBCの「シャーロック」のバスカヴィル家の犬のエピソードに出ていた人だった。

2023-2024

誰にともなく新年あけましておめでとうございます。

クリスマス休暇は恒例アメリカへ里帰り。友達に会ったり、家族と飲茶をしたり。20年も住んだアメリカなのに、1年に1度しか帰らなくなって、逆カルチャーショックというか、日々当たり前だと思っていた事柄がもっと客観的に見えるようになり、色々ビックリしたり、新鮮に思ったり、不便に思ったり。

やっぱり色々とにかくでかい、広い、だたっぴろい。物価は覚えているよりも2-3割かそれ以上高くなっている気がして、買い物も外食もしにくかった。

昔よく言っていたトレジョ(スーパー)でも、日本のスーパーニジヤでも、欲しいのは生鮮食品や冷凍食品ばかりで、後はなくてもどうでもいいかーと思ったり。もうこういうものが無くても平気な生活になってしまったということか。

アジア人が多いのも不思議な感覚で、日本のものもアジアのものもなんでも手に入る。ただ多様性という点では物足りない気もしなくはない。一番つらかったのが車が無いと身動きが取れないこと。自分の足で動き回る感覚がなく、毎日長距離移動(ロンドンからオックスフォードぐらいか)が当たり前なのは、ちょっと疲れてしまった。ものすごい運動不足。

それでも、1年もあっていなかった気がしないような友達との普通の会話や、アメリカでしか食べられないウォルナットシュリンプや大好きなフィルズのコーヒーを楽しんだり

しかし後半は実家の家族が倒れて右往左往、色々心残りのまま、機上で新年を迎えつつ家族3人、ロンドンに帰ってきた。あまりにあっという間の滞在、あれは夢だったんじゃないかとも思ってしまう。今はロンドンに自分の寝床があり、日常があるので、自分の今のホームに戻ってホッとした部分もあるが、日米英に分裂して存在している自分の意識をどう処理するべきなのか、どこが一番落ち着ける場所なのかわからなくなってきてしまった部分もあり、なんだか落ち着かない気持ち。

2024年はまた色々なことがあると思う。いつのまにか僕らも若いつもりが歳をとった、と歌の歌詞にもあるが、まさにそんな感じである。安定・健康・安心を構築しつつ、拡大路線を取れれば良いなと思う。のんびり、ボケっと過ごせたらそれもいいのかもしれないけど、そうしたくはない。後はそのための気力体力維持向上をしなければ・・と明日から仕事はじめというか無理やり年末放り投げて行った仕事に戻ることを苦々しく感じつつ、時差ぼけで寝られない頭で考えている。

NOPIリベンジ

ロンドンに住む前は、オトレンギの料理にすごく憧れてというか、興味が湧いて料理本を買ったり、そのレシピを全部作ってみようという試みをしていたこともあった(結局途中でやめちゃったけど)。

それが面白いもので、ロンドンに住んでからはそんな気分はパッタリ無くなり、レシピ本を開くことも、レストランに行くことも一度もしていない。この温度差は一体何なんだろう、自分でもよくわからない。熱しやすく冷めやすいだけかもしれないが、住んでみるとロンドンの外食は高いし、他にも気になるお店はたくさんあるし、もうオトレンギは自分の中では2010年代の流行(?!)として終わりを告げてしまった感もある。

しかし最近、会社の忘年会的集まりで、8年ぶりにオトレンギの店NOPIに行く機会があった。8年前に行ったときは、まだ旅行者としての訪問。そして、期待に胸を膨らませて行ったのに、食べているうちに謎の猛烈な吐き気に襲われ、店のトイレに閉じこもる羽目になるという、かなりトラウマが残る経験をしてしまった。

飲んだワインが悪かったのか、出てきた鯖か何かに当たったのか・・・早々に店を出て歩いているうちに、冷や汗と視界が狭くなるというほど具合が悪くなってしまったほどだったので、今回はお酒は飲まんとこ、魚もさわらんとこ、とおそるおそる食べてきた。

大人数だったので、セットメニューをシェアする形だったが、このブラータチーズの上にコリアンダーシードが乗っている一品など、8年前と全く変わらない。それだけではない、店の内装も、置いてあるものも、8年前とほとんど全く変わっていない。

多少メニューは変わっているのだとは思うが、すべてのあまりの変わりのなさに、全く感情もわかず、せっかくのNOPI訪問ではあったが、ただただおしゃべりに注力して淡々と飲食して帰ってきてしまった。

デザートの写真はかろうじて撮っていた。

このお店のトイレは、中が全部鏡張りになっていて、一度入ると出口がわからなくなるほどイリュージョンというかビックリハウス的でもあるのだが、それさえも変わっていなかった。8年前、ここで閉じこもった記念に、トイレでセルフィーも撮ってきた。

【本棚総ざらい6】嘘つきアーニャの真っ赤な真実

もうこの本を読むのは何周目だろう。米原真里さんの作品に惹かれるのは、やはり1960年代、プラハソビエト学校で学ぶという、当時の日本人にはなかなかできないユニークな経験をしたこと、そしてアメリカやイギリスや中国よりも、わかるようでわからないソ連、そしてロシアという世界のことを垣間見せてくれたからだと思う。

このノンフィクションは、そんな米原さんが通ったプラハソビエト学校時代の友人達がその後どうなったのか、ソビエト崩壊でわちゃわちゃしていた頃に、彼女がプラハに飛び、足跡を追い、再会するという話。

プラハから日本に帰国して30年、どこでどうしているかわからないギリシャユーゴスラビアルーマニア出身の友達3人の消息を、あちこち歩き回って探し、どんどん核心に近づいていく様子はやはり読んでいてわくわくする。プラハの春ソビエトの崩壊、それに伴う彼らの祖国の情勢といった、私達にとっては歴史やニュース上での出来事が、彼女たちの人生には直接影響を及ぼしているのも、のんきに日本で育った身としては、初めて読んだ時はかなり衝撃だった。

読書の良いところは、同じ本を読んでも自分の年齢や状況によって、やはり見えてくるところや心に残る部分が変わるということだと思うが、欧州に引っ越してきてから読み直したことで、やはり日本やアメリカで読んだ時とはまた違う感覚を覚えたりもした。やはりアメリカにいるときよりも、世界情勢に直接影響を受けて暮らしている友人や知り合いが増えたのもあると思う。この登場人物の一人も、再会した当時はロンドンに住んでいたな。今もきっとどこかで健在なんだろうか。

子供の時は、ただただ一緒に時間を過ごした友達の、細かい家族や国の事情、あの時なぜあんなことをしたのか、言ったのか・・それぞれが抱えるものや真実は、時間がたって大人にならないと理解できないものもある。この話は、再会を通じて良くも悪くも答え合わせができた話とでもいえるのかな。世界情勢がこんなになっている今、この本を翻訳して出版しても、全く古い時代の話ではなく他の国の人も読めるんじゃないかなとふと思ったりも。

この本は、NHKのドキュメンタリーで彼女がプラハで友人探しをした時の話がもとになっている。ドキュメンタリーはネットで探すとYouTubeにあがっているが、かなり短めなので、その分この本でもっと色々なことがカバーされている感じである。再会した友人達がカメラの前では話したくなかったこともここには色々と説明されている。

そして同時に、本人たちの中にある価値観やものの見方の矛盾について、米原さんがそれは違うでしょう・・!と強い思いを持ったりする部分もある。ドキュメンタリーの中では、お互いに淡々と話しているように見えるし、反論も強い反論には聞こえなかったりする部分が、本では結構強い感情や意見として書かれている。内心と実際の感情表現が、表に思うほど出ていない部分をドキュメンタリーで見たのも、なんとなく興味深かった。これは米原さんが日本的だったのか、人間やはり表に出る感情は実際の数割っていうところなのかどうか。