愉快的陳家@倫敦

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記。

最後の秘境東京芸大

友人がなぜか貸してくれたこの本。

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

入試倍率は東大の3倍!
卒業後は行方不明多数!!
「芸術界の東大」の型破りな日常。

才能勝負の難関入試を突破した天才たちは、やはり只者ではなかった。
口笛で合格した世界チャンプがいると思えば、
ブラジャーを仮面に、ハートのニップレス姿で究極の美を追究する者あり。
お隣の上野動物園からペンギンを釣り上げたという伝説の猛者は実在するのか?
「芸術家の卵」たちの楽園に潜入、
全学科を完全踏破した前人未到の探訪記。

色んな学部に所属する東京芸大生にインタビューして、知られざる芸大生の日常をレポートしたもの。はてなでいくつか購読している書評ブログでも話題になっていて、心に残っていたので思いがけず手に取ることができてラッキーでした。

この本のことをネット上で目にするようになった時、「芸大は天才、変人の集まり、その実態が明らかになる!」みたいな感じが全面に押し出されていたのだけれど、これを読んで、「芸大は変なところで、芸大生は変だ」だけの感想で終わってしまうと少しもったいないなという気もした。

そこから見えてくるのは、ストイックに真摯に自分の好きなものに向き合う姿ばかり。

音楽系の学生はら商品価値としての自分を磨き身だしなみに気を使ったり、ネットワークを広げたり、そしてストイックな練習を続ける。楽器が体の一部になるので、骨格は歪む(私でさえ、フルートで体が歪んでいるので、ああみんなそうなんだ・・とちょっと嬉しく?なった)。

芸術系の人達はかなりガテン系、扱う材料は重かったり熱かったり手が荒れたり、そして工事現場で使うような機材をガンガン使って作品を作っていく。学校に毎日通って机に向かって・・というような分野ではないから、ほとんど学校に来ず音信不通風な人もいるし、ほぼ学校に泊まり込んでいる人達もいる。

時にその分野があまりにニッチでマニアックすぎたり、色々考えが嵩じて半裸のパフォーマンス的なことをする人が出てくると、イロモノ扱いされてその話ばかりが一人歩きしてしまうけれど、学生時代にここまで突き詰めて打ち込めるものがあるということに、自分はただただ羨ましいなぁと思ってしまった。

読んでいてこれがそこまで変わった世界だと言う印象を持たなかったのは、シリコンバレーのエンジニアだけでなく、それ以外にも自分の手で何かを創り上げる、いわゆるメイカー精神満載、職人的な人達の多いベイエリアに住んでいるからかもしれない。卒業後音信不通になってしまう人が多かったり、就職が決まっていない人の方が多いというのも、私の通っていた日本の大学も、卒業したらすぐ就職、が必ずしも当たり前という感じではなかったので(バカ山で転がっていた人はわかると思いますw)、まあそんなものかもなぁ・・と思うに止まった。

逆に読んでいて心に残ったことをいくつか。

  • 著者の奥さんが現役の芸大生で、拾ってきた材料で道具でも家具でも自分の手で作ってしまう。机に向かって勉強ばかりしていた身としては、自分の手でパッと何か作れる人の方が凄い、いいな、と思う。こういう人の方が生きていくスキルは強い。
  • 個人でも制作活動は出来るけれど、大学に行けば個人では絶対買ったり使うことができないような機材が使える、芸術を「教える」ことはできないけれど、そういう場を提供することで自分の可能性を広げられる大学という場の大切さ。
  • 音楽でも美術でも、パフォーマンスする側、創る側に情熱を傾ける人もいる一方で、途中から、そういうもののマネージメント、芸術を人々や社会と繋げたい、という方向に目覚める人もいる。「芸大生」のラインからすると、これはある意味脱落したことになってしまう面もあるのかもしれない。でも実はこうやって、二つの世界の橋渡しをして、芸術を社会や経済に還元する手助けをしてくれる人達がいることはすごおおおく、すごおおく大事なことだと思うし、そういう人達がどんどん活躍してくれる世界になるといいなと心から思った。
  • 先のことを考えずに今のこと、今の制作に全力投球。卒業時点で就職先がない「ダメ人間製造大学」。でも先の先のことばかり考えて将来設計をしているような人はやっぱり芸術家としては成功しないんだろうな。でもそうやって生きている人がいてもいいじゃないかと頑なに思ってしまうのは、音楽で食べていくことの大変さを散々吹き込まれて、音高受験を潰された私の小さな恨みからくるものかもしれない、というか絶対そう(笑)そしてそういう人達の累々とした屍の上に、一握りだけ、芸術家として成功する人が出てくる。でも屍の一つになっても、その時本当にやりたいことをやり切った感があれば、きっと後悔はないんじゃないだろうか。これは芸術だけでなく何に対してもそうかもな。