ホテルから南に向かって歩いていくと、そのまま中之島にたどり着く。今まで足を踏み入れる機会がほとんどなかったエリアだが、川の中州であり水と緑に囲まれて、なんとも風通しのいい、気持ちいい場所である。
大阪市役所など、行政もここにある。言うたらミニ日比谷か丸の内っぽい感もある。なんとも落ち着いていて、結構好きなエリアになった。

(大浴場がある点以外)あまり考えなしにとったホテルだったが、中之島に近いと知り、急遽足を運んだのが中之島図書館

この図書館が、家族とちょっとゆかりのある建物である、というのは頭の片隅にあったのだが、偶然近くに泊まっていたのはラッキー。建物をじっくり見ることができて本当に良かった。入口には創立の歴史の展示もちゃんとあった。

まさに明治・大正ロマンなこの建物は、今でも普通に図書館として使われていて、中で調べ物をしたり自習や仕事をしている人がいる。こういう古い建物が今も使われているのは素敵だけど、トイレなどの施設は古いんだろうなぁと思ったが、そこもとてもキレイにアップデートされていたのに変に感心してしまった。素敵なスカンジナビアカフェも併設されている。

図書館の一室には、谷崎潤一郎のちょっとした展示、そして世界各国の風景や地形の一部をジオラマにした展示もあった。ジオラマのほうは、こういうのをたくさん作って、いずれは世界中の地表の様子を全部再現するという大きな野望があるらしい。いいなぁ、こういう取り組み大好きだ。
図書館のカウンターでは、探している資料のことや題材のことなど、職員の人が丁寧に対応している。なんだか文化の香りが高くていいですね。皆さん粛々と働いており、図書館が図書館としてしっかり機能しているのを見るのは、すごく良かった。
図書館を堪能した後、大阪城に向かう予定だったのだが、歩いてすぐのところに、東洋陶磁美術館というのを見つけ、子供が興味を示したので入ってみることにした。これも大阪市立の施設だそうだが、めちゃくちゃモダンでキレイ。題材が題材なせいかそれほど人もおらず、誰か超絶スーパー金持ちのプライベートコレクションをゆったり見に来ている感さえある。
チケットを買いに入口に足を踏み入れたとたん、警備のおっちゃんが「いらっしゃいませ」と敬々とお辞儀までしてくれた。

部屋についている番号に沿って展示を見ていく。ここでも係員の人が絶妙の場所に立っていて、次はこちらへ・・とスーッと導いてくれて、絶対迷ったり、間違った順番で見ることは無いようになっている。ちょっと感動さえしてしまった。

青磁などを主体にした展示は地味といえば地味なのだが、英語と日本語で書かれている説明文が読みやすいせいか、つい引き込まれて見てしまう。

細かな歴史や事実ばかりを羅列するのではなく、鑑賞する側に立ったわかりやすい言葉で、何が見どころなのかが書いてある。
そして一緒につけられている副題が面白い。獅子が子供と戯れているこの置物には「王様も子供の前ではただの親」、黄金比に基づいた美しいフォルムが特徴の花瓶のところには、ただひとこと「完璧!」。うわーなんじゃこりゃ!
この後行った大阪城でも、別の市立美術館でも、ちょっとお笑いの要素も入った面白い副題がついた説明文を目にした。これは大阪独特なものなのか、最近の美術・博物館ってこんな感じなのか。これはすごぉく良いと思った。こういう文章を書く仕事、楽しそうだなあ。
しかし文化の香り高い中之島とはいえどもここは大阪である。子供と優雅に?壺なぞを鑑賞していると、入ってきた老夫婦が国宝級の陶磁器を眼の前に
「これうちにあるのとよう似てるわー」
「いやぁ、うちのんはこれより随分大きいわ」
「これもあったな。せやのにトイレに飾っておいたら猫が倒して割りよったんやー」
などとコメントし合うので、静寂の中子供と笑いをこらえるのが大変であった。
なんで子供がこんな陶磁器などに興味があるのだろう、と思ったら、昔バラバラになった青磁を復元するドキュメンタリーをNHKワールドで見たことがあるらしい。それと全く同じ形の花瓶があったとかで、興味深く見ていた。能といい、子供って本当に何に興味を持つかわからないものである。

これは志賀直哉が東大寺の偉い坊さんに贈った白磁のツボ。ある時泥棒が入って、この壺は粉々に叩き割られてしまったらしい。それもこんなにキレイに修復されている。

っていうかこれが粉々になった時の写真だが、粉々具合が過ぎませんか。今イギリスでも流行りの金継ぎでなおすどころの騒ぎではない。この破片が美術館に「寄贈」され(寄贈なのか、押し付けられたのかw)修復作業が行われたそう。これを全部もとに戻した執念たるや。
子供が生まれる随分前に亡くなった祖父は、退職後博物館に行ったり、考古学や歴史の講座などに参加するのが楽しみになっていて、見に行った展示の目録やパンフレットなどが家に山程あった。祖父母が亡くなった時に母が随分整理したようだが、すべては捨てきれず、一部実家に残されている。
その中に、この美術館の展示目録も残っていた。大阪から戻ってそれに気がついた子供、なんとなく会うことのなかった大じいじとつながりが出来たように感じたそうで、嬉しかったらしい。