同僚が携帯をなくしました
同僚が地下鉄に乗っている間に携帯をなくしたようだ、と会社のPCに向かって何かカチャカチャとやっている。うちの会社はデスクに固定電話がないので、まずはGmailのチャット機能から自分の携帯に電話をかけてみたものの応答がないらしい。でもなくした電話を追跡できるアプリを入れてたんだよね、ということでそのサービスにログインしてみることに。GPSで大体の場所をトラッキングできるらしく、地図を見てみると確かにサンフランシスコダウンタウンの地下鉄の駅あたりで動いていない。仕事用の情報が入った電話だったので、いざとなったら遠隔で電話の中に入っている情報を全部消去しないといけないかも。でも電話しても誰も出ないし、誰かが取っちゃったのか、どこかに気づかれず放置されてるかもわからないので、警報モードを使ってみることになった。このモードをオンにすると、最大音量で警報音が鳴り響き、遠隔操作以外で警報を止める手段はないのだそう。もし誰かがパクったのだとしたらパニックになること間違い無し、とワクワクしながら警報モードをオン!しばらく鳴らしっぱなしにしておいてから再度電話してみたものの、結局誰もでず。がっかりしながら電話の情報を遠隔消去した同僚だったが、奇跡的に数日後駅の落し物係から連絡が来て、携帯電話が無事彼の手元に戻ってきた。日本だったらどうかわからないけれど、アメリカでは珍しい!!後悔する前に入れておいたほうがいいよ、と激しく同僚にオススメされたので、私もとりあえずこのアプリを電話に入れることにした。Android用のアプリ、Lookoutというもの。セキュリティソフトの機能もあって、無料版はセキュリティスキャンと端末の追跡が出来る。なくしたら有料版にアップグレードして、警報を鳴らしてみたりどうにもならなかった場合は端末上から情報を消せばいい。
K-POPコンサートに行きました
無料K-POPコンサートのチケットが手に入ったので行ってみた。聞いたことあるのはKARA、少女時代、東方神起ぐらいだったが、他にも同じ事務所のグループが複数出てきた。無料だし指定席ではなかったので夜7時からのコンサートなのに昼間から長蛇の列だったらしい。仕事の後に行ったのでもちろん席はとれず、ステージが全く見えない芝生席でプロジェクターに映る豆粒のようなのが見えただけったけれど、それでも面白かった。
K-POPの海外進出は目覚しいが、特に女性グループのほとんどはメンバーにアメリカ育ちがいるので海外に出てもMCも自前で出来ていた。観客はコアなファン、タダだしとりあえず来てみた、という感じの人達(私達も含め)半々ぐらいだったが、K-POP知らなくても面白がって激しく踊りまくるアメリカ人もおり、その近くにはミニスカポリスみたいなコスプレの女性陣もおり、そこを中心に踊りの輪が出来ていたりして面白かった。あと日本でも人気らしいSUPER JUNIORというグループの中にメタボ気味な感じの人も混じっているのが友人たちの間で話題になった。出演者のMCは長い割に誰も彼も当たり障りの無いことを言っているのもなんだか面白かった。なぜか皆「ハローサンフランシスコ!」「サンフランシスコ最高!」「サンノゼにこれて幸せ」と自分達がどこにいるのか明確にわかっていなかったのも笑えた。唯一、ここらへんで生まれ育ったというメンバーのひとりが「ハロー、マウンテンビュー!」と正しく叫んでいた(笑)それにしても日本に行ったら日本語しゃっべてるわけだし、メンバーにチャイニーズがいるグループもあったりして、確かにこれはいろんな市場に対応できるようになってて何気にすごいなあ。ところで私はK-POPも韓流もはやる以前の中学生時代、それこそソウルオリンピック前後に韓国人のペンパルと文通していて、その子が送ってくれるテープが気に入ってよく聴いていた。あまりに時代を先取りしすぎていたため、親にあらぬ心配をされ、大学時代は韓国短期留学を試みたもののソウルが火の海になるらしい、と大反対され行けず今に至る。今じゃ日帰りでみんな行くっていうじゃないですか。そんな親がヨンさまとか言い出した時にはどうしてくれようと思ったものです(笑)
当時のK-POP?はこんな感じでした。
Chi Runningのワークショップに出ました
ハーフマラソンに出ようと思って練習していたら、むむっ!右膝に違和感が!・・・どうやら以前「ランナー膝」になったところをまたやっちまったようです。トレーニング再開と同時に靴を新調したのだけれど、いつも履いてるモデルなのにフカフカしすぎて合っていなかった気もする。出産後落ちてないお肉の重量も影響しているのかもしれない。そしてなぜか週末車に乗って出かけ、車から出たら右膝が腫れていた。ただ座ってただけなのに、なぜだ!!としばらく悶々と走れずにいる間に、会社にChi Runningの提唱者の人が来てちょっとした講演とワークショップをしてくれたので参加してみた。ダニー・ドライヤーというおっちゃん、ランナーであると同時に太極拳もやっているそうで、その原理を取り入れたランニングスタイルを広めているんだとか。とにかく怪我をしない走りを!と思っていたところだったので、彼を囲んで10人ちょっとの人達で、走るときの姿勢、着地、呼吸方法なんかについて話し合いながら練習。以前読んだBorn to Runの本でも、ランナーの怪我の率は、体重や走行距離でなく、履いているランニングシューズの値段が高ければ高いほど上がるとの調査結果が紹介されていたけれど、クッションが効きすぎている靴は、フォームや着地がおかしい=痛みが生じる=正しいフォームに体が自然と修正しようとする、という流れを阻害するのでかえって良くないんだそうな。Chi Runningでも、靴下だけで走ってみたりして、着地の違いを実感。あとは短距離ランナーのように足を前にあげすぎない、丹田に気を遣う、走るテンポや着地の角度などを確認したりした。とりたてて真新しい発見は無かったけど、最近走るときに体に変なブレーキをかけていたような感覚があったので、また子供のように前のめりに楽しく走ることの大切さを実感したセッションでありました。
- 作者:ドライヤー,ダニー,ドライヤー,キャサリン
- 発売日: 2008/05/01
- メディア: 単行本
- 作者:Dreyer, Danny,Dreyer, Katherine
- 発売日: 2009/05/05
- メディア: ペーパーバック
日食だったらしいです
あんまり気にしてなかったのですが、Facebookで日本の友達が日食メガネをかけた写真や、日食見えた!と写真をガンガンにアップロードして盛り上がっていたので、こっちも見えるのかねぇ・・・・とサンフランシスコで日食が起きるという午後6時半頃窓から首を出してみたものの、周囲の建物が高すぎてなーんも見えん!しかし、我が家の南西の天井に開いている天窓から微妙にのぞく太陽が、面白い反射をして我が家の壁にこんなものを見せてくれました。た、ぶ、ん、日食のせいだと思うんだけど。
体調が微妙です
去年年末から体調を崩して以来、毎晩蕁麻疹に悩まされておりました。夜になると、体のあちこちに蚊に刺されたような赤いのがどわっと出るのです。下着の跡に沿って出ることも。体に出るのは不思議に痒くないのに、手の指や足の裏なんかに出ることもあり、これは痛痒くて辛かった。朝になるとそれがすーっと引いて昼間はなくなったり。最初は皮膚科に行ったもののアレルギーの薬を飲めと言われたのみで改善なし。次にちょっと変わったアレルギー治療をするところに行ってみたら、砂糖やコーン、乳製品、グルタミン酸(!)にアレルギーがあると言われ、試しにそれらを抜いてみたらすこーしは改善したものの大きな変化は無し。そのうち胸焼けがしてきたので内科医に行き胃薬をもらったら、なぜか一時は体中水玉模様じゃん!というほどひどかった蕁麻疹がぴったり収まりました。ただし血液検査の結果が微妙に思わしくなかったので(アレルギーではなかった)まだちょっと色々経過観察中と微妙です。ただこれを機会に砂糖と乳製品に気をつけた食事をしていたら、1ヶ月であれよあれよと2キロ半減りました。醤油や味噌さえもあんまり使わなくなったのですが、そうこうしているうちに味覚が鋭くなったのか、あんまり味付けしなくても素材の味だけで十分食べられるようになってきた上に、調理に手が込んだものを食べたいという気が失せてくるようになってしまいました。特にアジア系の料理、味付けに結構かなり砂糖使うんですよね。寿司飯にも煮物にも砂糖使うし、そう思ったら和食にも手が伸びなくなってきました。このままローフード路線に行ってしまうのか?!でもなんだか体が単純な食べ物ばかりを欲している感じです。
初めて競馬場に行きました
日本でも行ったことないのですが、アメリカで初めて競馬場に行ってみました。バークレーのほうにあります。馬のレースを見に行くというよりは、レースの間の余興で、ダックスフンドばかり集めた犬のレースをやるところにお友達の犬が出場する、というので家族で観戦に。スタート地点には他人が立ち(うちの旦那が担当)、ゴールにいる飼い主めがけてよーいドンで走るのですが、お友達の犬はよーいドンがなっても旦那によじ登って一ミリとも動きませんでした(笑)肝心の馬のほうですが、アメリカの競馬場、ケンタッキーダービー風に大きな帽子をかぶっておしゃれして、ちょっとしたイベントとして見に来る人達もいれば、耳に赤鉛筆さえ刺してはいないものの、競馬新聞風なものを握りしめ、モニターをみながらヤイヤイ言っている日本にもいそうなおっちゃん達もたくさんいたりして(場所柄チャイニーズも多い)、馬券売り場周辺は、タバコの香りやそんなおっちゃん達の光景が、日本を彷彿とさせる異空間になっておりました。レースはレースそのものよりも、馬の出走ゲートが移動式で、出走するとすかさずトラクターで引っ張って片付けるところとか、救急車が一緒に猛スピードで並走するのとか、よくわからない審判みたいな格好をしたおっちゃん達が並んで芝生をフミフミしていたりとか、そんなところばかりが気になってしまった。そういえば大学生の時、競馬場のコースの舗装につかう資材調達のためのビジネスレターの翻訳、というバイトをしたことがあったなあ・・・あんな大学生のやっつけ仕事で、うまくビジネスは成立して競馬場の舗装は無事終わったんだろうか。急に心配になってきました。
金門橋は75歳です
ゴールデンゲートブリッジの建設75周年のお祝いがありました。大恐慌の時に地元経済テコ入れのために作られた橋、ナパやソノマに行く時にお世話になっております。橋周辺にテントが立ち、夜には花火大会もありましたがちびっ子がいる我が家は自宅から花火の音を聞いたのみ。それでも昼間に近くに立ち寄ってみたところ、第一次大戦中の輸送船が橋をわたって湾をゆっくり進んでおりました。ハッピーバースデイ金門橋。これからも地元民の交通経路として、そしてサンフランシスコの観光スポットとして、いつまでも赤くいてください。