愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

日帰りバース旅③:阿部寛が吸い込まれがちな場所

バースにはその名の通り風呂場がある。Bathという地名が風呂場の由来なのだと思っていたが、風呂場があったからBathと名がついたらしい。風呂ありきでこの名だったのだ。ドヤ顔で説明しかけたが、気づいてよかった。

バースの街に鎮座するその名もローマ風呂。正真正銘のテルマエロマエである。

昔々その昔、イギリスがまだ全然イギリスではなかった時代、ローマ人はこんなところまでやってきていた。ここはイギリスでも南西のほうだが、彼らはもっともっと北上して、バイキングと戦ったりもしていたという。本当遠いところから、よう来たなあ、ローマ人。

そんなわけで、イギリスでは地面を掘るとローマ時代の遺物が出てくることも多い。ここもそんな場所の一つ、というわけだ。

ローマ人は5世紀ごろにはイギリスから引き上げてしまい、その後このお風呂に入りに行く人はいなかったのかどうか、寂れた上に洪水で壊れて埋まってそのまま放置されていたらしい。

それでもここには温泉がわくので、その後もこの場所は別の建物を建てたりして、使われていたみたいではある。


ドームが立派なこの入り口や、風呂場を見下ろす形で立っているローマ風の彫刻は実はずーーーーーーっと後につけられたものだそう。

今では立派に修復されて、かなり新しめの博物館もついているこの温泉。昔ここには神殿があり、お祈りと入浴の場だったのだそう。

温泉も、祈りの場としての利用も、もともとはここにいたケルト人がやってたんだそうで、スリスという神様を拝んでいたそうな。それを引き継いて、バースはローマ人には「アクア・スリス」と呼ばれていたんだって。

赤マントの人は、ローマ時代の人。質問すると当時のことをキャラクターになりきって説明してくれる。私達が浴場に行く前に、この赤マントのローマ人は従業員専用入り口を開けて休憩に入ってしまった。ローマ人なのに。

このお風呂の建築に関わった人達、神様に祈りを捧げて碑を収めた人達、いろんな石碑が残っていて、そこに書かれた出身地を見ると、その半分以上が、イギリスではなく、ローマ帝国のいろんなところからやってきた人達だったことがわかる。今と地名は違うけれど、ローマ帝国広い。すごい。

この中で移動があってみんなごちゃごちゃに混ざってたんだから、ほんと民族云々なんていうのは、大事なようでどうでもいいようなものにも思えてくるなあ。

当時の建築技術の素晴らしさ、こうやって今でもローマ時代の排水溝にジャバジャバと温泉が流れ込んでいる。かなりな勢い。これは阿部寛が吸い込まれ流されるわけだ。

温泉は今も出ているので、水面からは湯気が。ゆったりたっぷりのーんびり♪ 今は入浴できないのが残念。別の場所に、今でも入れる別のテルマエ施設もある。子連れだとちょっと無理だけど、バースに大人だけで一泊するなら、行ってみても良いかも。

赤いマントのローマ人は休憩入ってしまったが、代わりにその奴隷だという金髪にいちゃんがご主人様の場所取りをしていた。分厚いウールみたいな毛布を体に巻いていて、手には「タブレット」だと言ってろうが塗ってある板を持っていて、そこに字を書いたりしていた。

戦争の時はご主人の命を助けたりしたらしいが、あまり感謝されることもなく、ご主人にはこき使われているらしい。しかし1年に一度だけ、主人と奴隷の役割を入れ替えてもいい日、という日があるんだって。その時はマジでご主人殴ったりしてもいいらしい。ひー

昔はここのお風呂にも屋根がついてたそうで、こちらは水風呂。サウナ部屋と、温水部屋と、冷水部屋があって交互浴してたんだな。マッサージの部屋なんかもあって、今も昔も変わらないのも面白い。

今と違うのは、そこに宗教施設がくっついてるってところだけか・・

これは当時のサウナ部屋の跡。これは床下の構造で、本来はこの上に床板が乗っている。ここで火を焚いて温風を流し込んで、部屋をガンガンにあっためていたそう。すごい。

博物館も音声ガイド付きでとてもためになってとてもおすすめ。最後には、ここから湧き出る水を味見することもできる(健康に良い、と広く飲まれていたらしい)んだけど、その味は、なんと・・・・!!!行ってのお楽しみ!