愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

なまずとマンダラ


サイゴンの道端で旦那が買った本。ロンリープラネットのガイドブックや、英語の本を山積みにして売っている男の子がいて、旦那が交渉して半額にしてご満悦でしたが、実はこれ、きちんと製本されているけれど、プラスチックのラップをあけて中を見ると、分厚い紙にコピーされたばったもん・・・!これだったら半額でも高すぎるよ。


ベトナム戦争から逃れ、子供のころサンノゼに移住してきた、ベトナム系アメリカ人の著者が、自転車でサイゴンからハノイまでを横断する話です。でもそれは愉快な旅のエピソード、というわけではなく、戦争からの壮絶な逃避や、家族の歴史、家族間の確執など、アメリカ移民ストーリーにはありがちなお題ではあるのだけれど、捨ててきたふるさとをめぐる旅のエピソードとともに、過去の記憶も織り交ぜて書かれています。


Catfish and Mandala: A 2 Wheeled Voyage Through the Landscape and Memory of Vietnam

Catfish and Mandala: A 2 Wheeled Voyage Through the Landscape and Memory of Vietnam


私の友人、ゴルゴ松本似のA君も、この著者のように、子供の頃に家族とベトナムから逃げてきたベトナム系アメリカ人で、やっぱりサンノゼに住んでいる。いつもパワフルで、クルーズの旅と社交ダンスを楽しみ、もう40代も過ぎているのに下手すると20代後半にも見えてしまう元気で楽しいA君だけれども、彼の逃避行もかなり壮絶なものだったらしい。アメリカで訓練を受けた空軍パイロットだったお父さんは、連行されたまま帰ってこなかったというし、最後はお母さんがA君やきょうだいを連れて、それこそアメリカ軍のヘリコプターによじ登って逃げてきたのだそうだ。


私がベトナムに行く前も、A君は色々アドバイスをくれたり、私がベトナムに行っている間中、ベトナム楽しい、ご飯がうまい、と騒いでいるときも、そしてベトナムから帰ってきて、またベトナムに行きたい行きたいと言っている時も、彼はそれを聞いてものすごく嬉しそうだったのだけれど、彼本人はベトナムに行きたくないんだそうだ。やはりそこには色々複雑な思いがあるんだろう。


この本の中でも、ベトナム人だけれど、ガイコク人であり、ある意味国を捨てた「裏切りもの」であるベトキュー(越僑)に対する現地の人々の思いというか、態度がとても複雑なのが印象的だった。ガイコクに住んでいるんだから自分たちより金持ちだろう、と、場合によっては外国人観光客よりも高い値段を吹っかけられる。ある村で、食中毒が怖いので、コーラに氷を入れないでとお願いしたら、周りで呑んでいた人達に、すかしやがって!みたいな感じでからまれ、あわや一触即発の状態になる。大金持ちどころか、テントで野宿生活のきったない格好をしている著者ではあるが、村の人にとってみれば、自分たちが苦労して生活しているのに対して、ベトキューときけば、「国をすてていい目をみやがって」と思ってしまう鬱憤があるんだろう。ベトキューという言葉自体も、ある意味差別的、自分たちとは違う異質のもの、というような感じで使われたりする。でも中には彼にうまくとりいって、自分もアメリカにいけないか、あわよくば援助してくれないかと期待する人達もいる。でも著者自身も、ほとんど一文無しになりそうな、ギリギリずたボロの自転車の旅なので、いろんな意味で彼らの期待に添えない。でもそれだからこそ生まれる真の友情もあったりするのだが。


ベトキューであるがゆえにガイコク人扱い、しかし同時に言葉がわかるから見えてしまう現実、と、読んでいて結構痛々しい話も多いけれども、同時にベトナム人の人懐っこさ(特に南部)もとても印象的な本だった。ベトキューだからという理由で法外な値段をふっかけ、払えないというと列車に乗せてくれない車掌さん。でも本当にそんなお金を持っていないということがわかると、今度は公安に見つからないようにこっそり電車に乗せてくれ、道中一緒に飲んだくれ、語り明かす。一度絆を持つと、どこまでも守ってくれる。小さな村で、見知らぬ旅人に与えられる一宿一飯、その他もろもろ。義理人情というのともちょっと違う気がするし、「心あたたまる」交流、というのともちょっと違うのだけれど、ベトナムでの人と人との距離は、近いときは驚くほど簡単に近くなる。大昔は、日本でもアメリカでも、街や村や道端で、こんな人とのつながり方があったのかなあ。


私たちがベトナムに行く前に開いたガイドブックは、「お買い物天国、スパでリラックス、安くて美味しいご飯がいっぱいのパラダイス」的な記事で埋め尽くされていて、それもまた現実なのだけれども、多分言葉がわからない旅人にとってのおめでたい現実なんだろうなあ。そしてこの本も、複雑な思いを持つベトキューである著者が見たベトナムでしかないのだろうけれど。ベトナム好きな人にはお勧めな一冊です。