愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。


ちょっとお友達の日記を読んでいたら、こんなお言葉が。それを読んで思ったこと(実際の日記とはちょっと飛ぶけど)

予備校の英語の先生が「好きなものは職業にすべきではない。本当に好きなものだったら趣味ででもやるものだから」といったのを覚えているが、全くその通りである。研究も半分趣味でずるずると続けては来たものの、技術が伴っていないので、いつも「もうやめたい」と「これは面白い」の半ばくらいでふらふらしている。


「好きなことは仕事にするな」これは私も昔々にフルートの先生に言われました。それで素直な私は、ふーんと思ってまじめにフルートを追求するのをやめてしまった。でも今は、これは本当だったのかな、と思ったりもします。やっぱり好きなことでご飯が食べられることは、一番幸せなことなんじゃないかなー。毎日わくわくしながら仕事にいけたらどんなにいいでしょう。日本のフルートの先生は、結局思いつめてフルートそのものをやめてしまったらしい、けど、アメリカの私のフルートの先生たちは、フルートが吹けることが楽しくてしょうがない、って感じで、いろんな活動をしてて、見ていてうらやましいくらい。


ただ、やっぱり好きなことだからこそ、自分の能力がいまいちだと感じたり、評価されなかったりするときに、感じるフラストレーションや打撃というのは大きい。こういうアドバイスをくれる先生や先輩たちは、やはり自分達が「純粋に好きなことを楽しめなくなった」という経験を持っているからこそこういうことを言ってくれたのだろうけど。で・も〜、最近思うのは、今の仕事に対する自分の思い入れの無さ。いくら仕事と割り切っていても、なんでここまで興味が無いのだろう、と自分で不思議になるくらい。人によったら、きっと連邦政府の○○さんに会ってお話できるなんて!ってめちゃくちゃこの分野に入り込んでいる人にとっては、きっとあこがれの仕事だったりするんだろうけど、なんだかいくらやっても「ふーん、あっそう」って感じが抜けない。しかも興味がないから、いくらやっても脳みそを100%活用している気がしない。9時5時の世界と、その後の世界はまったく切り離されているし、その分仕事とは自分の時間の切り売り、のような気がしてしょうがない。この9時5時の時間も、本当に好きなことだったらわくわくして過ごせるのに、もったいないと思う。


どうも自分は「ジェネラリスト」になってしまっているような気がする。だいたいトピックが何であろうと、リクワイヤメントが何であろうと、それなりにこなしてしまう。だからこの世界から足が抜けない・・・。これが思いっきり自分に合わないこととか、不得意すぎるとかだったら、逆にあ、これは違うと思って出て行くことができるのだろうけど。でも結局、このままだと「アマチュアとして一流」で終わってしまいそうで、怖い。だから専門性をもって何かやってる人はうらやましいっす。


まあ、フルートのほかにも本当の本当に取り組みたいことの野望は、一応ある。ただ、やはり好きなことを仕事にできたらいいのに、と思いつつも、好きなことだからこそ失敗したり、うまくいかなかったりすることを考えてしまうのも事実。うーん。いかんいかん。だから、多少つらくても、好きなことを四六時中やってられる人は、やっぱり幸せだなー、と思ったしだいでした。