愉快的陳家@阿拉米達島

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記。

2017子連れおギリシャ旅⑱クレタ島観察日記、覚書き

クレタ島での小さなエピソード、気づいたこと、観察日記箇条書き集デス。

  • コーヒーを頼んだら「スダ?スダ?」と聞かれてなにそれと言ったら「シュガー」だった。


  • ハニア上空、結構戦闘機が飛んでいた。NATOギリシャ軍の基地も近くにあるとのことだったが、ちょうどこの頃トルコ軍がちょこちょこちょっかいを出していて、その度にスクランブル発進していたっぽい。昔から仲良しでは無い両国ではあるが、ギリシャ軍にお金がない=大したことはできない、でもつつかれたからには形だけでも出動しないといけない、トルコもそれをわかっていて、軽くつんつんやるらしい。


  • ハニアにあるシナゴーグ。復興されたのは1999年のことだそう。しかしいまだにユダヤ教の礼拝場所として使うことに文句をつける政治家がいたりするそう。何と言ってもギリシャ正教会ががっつり力を握っている国。イスラム教も、確かモスクを建てたりするのは制限されていたと聞いた気がする。


  • シナゴーグの中では地元のユダヤ人の中学生たちがバイオリンやら何やらでいかにもイェディッシュ風の音楽の練習をしていた。


  • レンタカー屋の兄ちゃん「ギリシャの運転は悪評があるけど、他と比べてそこまではひどくないよ」実際運転が荒いかと言われるともっとひどいところは多い。でも旧市街などは道が狭いので、駐車するためには逆行してみたり、道を思い切り塞いで車を止めたり、パーキング事情はすごかった。
  • ハイウェイは高速と言うより日本の県道ぐらいの大きさで、それぞれ1車線しかない。追い越し車線がないので、追い越してほしい時はウィンカーを出して路肩の方による。追い越しは対向車線に車が来ていないこと前提なのでスリル満載である。前に大型トラック、後ろから大型観光バスに挟まれ、それでも後ろのバスが追い越しをかけてきた時はちょっと怖かった。しかも我が家が借りたのが馬力が全然ないオートマのプジョーの小さいのだったから余計。


  • ハニアの旧市街は独特の雰囲気があり、人々が想像・期待するような「ギリシャ」的雰囲気があるが、新市街や住宅街に出ると、一瞬日本の地方都市にでも来たかのような気分になる。今の地方都市と言うよりは、私が子供の頃の昭和的な雰囲気も感じる、懐かしいごちゃごちゃさ。
  • 車の中でラジオをかけていると、DJが音楽をかける前にペラペラ喋るのだが、曲がかかっている時も急に音楽の音量を下げて一言二言何か言ったりする。ありゃなんだろう。
  • かなり渋い民族音楽を流すラジオ局もある。そこでかかっていた音楽は、なぜかメロディがとんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」と同じであった(しかもあの子は可愛いへびいちご・・の部分。笑)


  • クレタ島で7歳の誕生日を迎えた娘、バースデーのリクエストはウォーターパーク。毎日あれだけ海に行ってるのにプールかい!と思ったが、ハニア郊外にあるウォーターパークに行き、スライダーに乗りまくり、高いところからプールに飛び込み、大満喫した。毎日の海通いで真っ黒。いずれはスキューバもやりたいと言い出した。海がちょっと苦手な私の子供とは思えない、我が子ながら少し眩しくすごいなと思った。一方私は、あまりにゆっくり流れるプールに揺られて波酔いした(爆)


  • ハニアでは本当にアジア人観光客を見なかった。そのせいか、夜歩いていたら前を歩いていた台湾人観光客が小声で「後面、後面!」と言いながらチラチラこちらをチェキっていた。


  • 港近くにある海洋歴史博物館。部屋の一室で、立派な船の模型を作ったりする部屋があり、アジア人のグループが作業していた。聞くと韓国からこのプロジェクトをやりに来たらしい。やはり船舶海運関係は韓国が頑張っているのかな。ちょっと挨拶した。ギリシャ語ペラペラの韓国人のお姉さんが通訳をしていた。韓国語もギリシャ語もイエスは「ネー」なのが面白い。
  • ガイドブックにいくつか博物館的なものが紹介されているけれど、小ぶりで倉庫みたいなところが多い。民俗博物館などは、おばあさんが一人でやっている手作り感満載のところで、農作業や手芸をするハリボテ人形に子供が怯えるレベルだった。ちょっと探偵ナイトスクープのパラダイスを思い出した。
  • ガソリンの値段はアメリカの5倍した。