愉快的陳家@阿拉米達島

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記。

国際離婚の本

地元の図書館にある日本語の本を適当に掴んで読むシリーズ。

「国際離婚終着駅、もう一つのクレイマー・クレイマー」と言う何だかものすごいタイトルの本があった。ずいぶん古びていて、出版は1982年となっていた。

国際結婚終着駅―もうひとつのクレイマークレイマー

国際結婚終着駅―もうひとつのクレイマークレイマー

馬場恭子さんと言う女性ジャーナリストが、当時のニューヨークで経験した国際離婚の一部始終を書いた本。そんなジャーナリストがいたのだな、と思って調べてもネットでは少しの著書をのぞいて情報があまり出てこない。

どれくらい活躍されていたのかわからないが、経歴にはテレビ関係のこともされていたように書かれていた。こうやってネット上には存在していなくても、実際にそれ以前の世界で活躍していた人は沢山いるんじゃないかとふと思う。

彼女は戦争中に津田塾を出ておられる。そして戦後の日本に特派員としてやってきたアメリカ人記者と職場結婚する。相手は色々な賞をとったこともある優秀なジャーナリストだったらしい。2人は養子を引き取り、その後ニューヨークに渡る。

当時のニューヨークは、今とはかなり違う、いわゆるちょっと年配の人が想像する「怖いニューヨーク」そのまんまの世界。そんな中で、彼女は生活し、離婚を経験するわけだが、この夫の言動がかなりモラハラで異常な感じがする。

子供を自分の用事で出かけた先で何時間も放置したり、今だったら速攻逮捕に違いない行動が当時はまだまだ普通にまかり通っている。そしてベトナム戦争の取材に出かけた夫は、妻に相談なしにベトナム人少年を養子として連れて帰ってくる。これで家族のダイナミズムが大きく崩れる。夫に媚び、自分には敵対心を表し、盗みや問題行動を繰り返すベトナム人の養子に辟易する著者。勝手に出て行ったり、でも妻の行動は制限するなんだか読んでいて気持ち悪くなる夫の言動。

そうこうしているうちに離婚となるわけだが、夫のために移ってきたアメリカで、1人生計を立て子供を育てるために奮闘する姿、当時のニューヨークは人種のるつぼと言ってもまだまだ日本人への偏見も強く、裁判官が「日本人女性は夫の後ろを三歩下がって歩くものであって、離婚など求めたりしないんではないか」などと言い放つ所も、ああ、30−40年前のアメリカよ・・・と読んでいてぐったりしてしまった。

その後この人はどうなったんだろうか。実はチャチャっとネットを調べるのが得意なのだが、この本を読んだ半年ほど前に彼女が90代で、ニューヨークでお亡くなりになっていたことがわかった。

夫については、本では仮名で書かれてはいるのだが、細かい情報を元に芋づる式にさらにググって見たら、離婚後、それこそこの本が出た後何年も立って、別の土地で起きたこの元夫に対する訴訟記録が出てきて、それを読んでみたらかなり衝撃の内容だった。どうもこの元夫は少年を虐待する癖(へき)があったようだ。

そう考えると、彼が勝手に連れてきたベトナム人養子の異様な行動もうなづける。このことについて彼女が知る由があったかどうか。当時相手がとんでもないモンスターだということに気づかなかった事、結果的にベトナム人養子の心の叫びに気づけなかった事は残念だけど、とにかくベトナム人養子との関係に悩み苦しんでいた著者に、あなたは何も悪くなかったんだよ、と教えてあげたい気持ちになった。

当時この本を読んでほれ見たことか国際結婚などするもんじゃないよ、と思ったり言われたりした人もいたんだろうなあと想像した。かなり特殊なケースでこれをもう一つのクレイマー、クレイマーと言ってしまうのはどうかと思うし、これを読んだ当時の読者が、だから国際結婚は危ない、みたいな風に捉えてなければ良いなと思った。

その後亡くなった元夫の死亡広告も見つけたが、色々輝かしい経歴ばかりが書かれており、私生活ではそんなモンスターだったことなどはおくびにも出されていなかった。ネットの世界では消えつつある彼女の数々の仕事。ネットの断片に少しだけ残っている元夫の所業。