愉快的陳家@倫敦

ロンドンで、ちょっと雑だが愉快な暮らし。

【読書日記】オバマのおすすめ、オはオオタカのオ

本屋や図書館に行っても、どの本を読みたいか見当もつかない時は、オバマ大統領に聞いてみよう!

ということで、ホワイトハウスが出している、「大統領夏のオススメ読書リスト」2016年版の中から、一冊読んでみた。 

H is for Hawk (The Birds and the Bees) (Vintage Classics)

H is for Hawk (The Birds and the Bees) (Vintage Classics)

 

 幼いころから鷹や鷹狩りに取り憑かれた著者。イギリスのケンブリッジ大学の研究員が本業だが、実際に鷹匠として(英語ではファルコナーという)鷹の調教経験も持っている。

カメラマンだった父が突然亡くなり、大きなショックを受ける中、著者は調教が難しいと言われるオオタカの幼鳥を手に入れる。

父親を亡くした精神的打撃も大きいが、職や収入、住む家も失うかもしれない状況にも面し、色々と不安定な中で、著者は人との関わりを避けるように、オオタカとの生活にのめり込んでいく。

 

鷹匠や鷹狩りの文化が世界各地にあるのはなんとなく知っていたが、その深淵な世界を垣間見るのは非常に興味深かった。

鷹の調教に使われる道具は、説明だけ読んでいると美しい工芸品を想像させるものもある。鷹の状態や行動を表現する独特な用語は、ペルシア語に起源を持つものもあるとかで、貴族や上流階級の嗜みとして発展した歴史の深さを思わせる。

幼鳥から育てた鷹を、飛行、狩りができるようにするためには、驚くほど精密な計量が毎日行われる。ひよこ、ウズラ、ウサギなど、食べさせるエサによって鷹の状態や気性まで変わってくるらしい。

飛ばした鷹が狩りをし、自分のもとに戻ってくるように調教するには、飛んだ鷹を追いかけ、捕まえた獲物を人間がまず取り上げ(ときにまだ死にきれていないウサギの首を人間がひねったりしなければいけない)、人間の手から獲った肉を食べさせたりする。

狩りに興奮しどこに飛んでいくかわからない鷹をひたすら追いかけ、人間も傷だらけになりながら、森や立入禁止の中にずぶずぶ入っていく。時には鷹に爪を立てられ大流血もする。いつか鷹が自分のもとから逃げてしまうのではないかという不安もつきまとう。

鷹と過ごす時間は決して癒やしの時間ではなく、狩りを通じて死を感じたり、雨が降ろうが風が吹こうが鷹を追いかけ走り回り、人間も随分痛めつけられる感じがする。

なんとなく読んでいて、オオタカとの生活が、著者の精神状態をより悪くしているようにも感じてしまう。

鷹狩りに魅せられた人達が書いた鷹狩りや鷹匠に関する書籍・文学も数多くあるようで、この本では1960年代に亡くなったイギリス人の作家、T.H.Whiteが鷹を調教した経験を書いた「オオタカ(Goshawk)」という本の話も並行して書かれている。

この作家の名前は初めて聞いたが、虐待を受けて育ったり同性愛に悩んだりといろいろ複雑な背景の持ち主だったようで、人間と上手くつながりがもてない分、オオタカを調教することで何かを得ようとするのだが、鷹の調教に関しては全くの素人だったため、かなり滅茶苦茶をやってことごとく失敗している。

 

この話は、決してオオタカの調教を通じ、人間とオオタカの心が通じ合うとか、オオタカのおかげで父の死を乗り越えられた、という話かというとそうでもない。

まずオオタカを手懐けるには、自分はオオタカにとって脅威ではないということを知らせないといけない。そのために何をするかというと、ひたすらオオタカの前で自分の気配を消すのだそうだ。

オオタカの前では自分が何者でもない、無。気をつけないと、オオタカの中に溶け込み、自分とオオタカの境界がわからなくなるような、少し狂気めいた世界に入ってしまいそうでもある。

それでも著者は、オオタカと紙を丸めて作ったボールを投げ合うゲームをして遊ぶようになるなど、普通は考えられないようなこともできるようになったようだが、その部分はあまり重要な感じがしない。

結局彼女を「人間の世界に引き戻し」、父を失ったことによる鬱からの回復に向かわせたのは、ロンドンでの父のメモリアルサービスで出会った人達だったり、精神科医の受診と投薬だったり、春の訪れだったり、本の中に少しだけ出てくる、オオタカから離れている時間だったようにも思えた。

ちょっと笑ってしまったのは、この本の中で、彼女がオオタカを友人に預け、家族でアメリカでクリスマスを過ごすくだり。

さらっと書かれてはいるのだが、読んでいると、このアメリカでの滞在が、彼女が回復する大きな転機になった感がある。

私も2年にわたって夏の一時期をロンドンで過ごして感じたことなのだが、どうもイギリス人はアメリカという国に対して、羨望と苛立ちと、何か複雑な感情を持っている感じがする。

アメリカ人の大雑把でいい加減でガサツなところ、アメリカ社会の酷いところなどには批判的だったりするけれど、一方で「やっぱりアメリカはいいよな、アメリカのこんなところを見習え、だからイギリスはダメなんだ」的な話をところどころで耳にしたりする。最近はどうかわからないが、ちょっと前の日本でもよく聞いたようなフレーズである。

ある時は新聞のコラムで、パスポート発行を巡っての経験が書かれていたのだが、イギリスのお役所仕事に比べて、アメリカの大使館がいかに親切に対応してくれたか、イギリスの役所はアメリカを見習え!的な内容で、アメリカのお役所仕事に辟易している身としてはどんだけ自国を卑下するのイギリスー!と驚いてしまったこともあった。

この本の著者も、アカデミアばかりの息苦しいケンブリッジから、冬のメイン州を訪れ、家具を作ったり、狩りをしたり、自分の手を使い、自然の中で自由にたくましく生活する人々に触れて、何かふっきれた感を得始める。

狩りでもイギリスは歴史的に貴族が自分の領地で色々な作法に則ってするものであり、小作人などが生活のために狩りをしようものなら吊るし上げられたのに対して、アメリカではもちろんそんな歴史的な作法もしがらみもなく、人々がもっと自由におおらかに食べるために狩猟をしてきたことが著者の目には新鮮にうつるらしい。

鷹狩りにしても、季節になると鷹を一度自然に放したり、鷹の扱いに関してきちんとライセンス制になっていたりするのも、「イギリスもこうだったらいいのに」と感想をもらしている。アメリカ人の鷹匠の鷹の扱いが、とても自然で美しくも見えたらしい。

そして後ろ髪をひかれる思いでイギリスに帰る前に、みんなでクリスマスツリーをわーきゃー燃やしてちょっとしたボヤ騒ぎになりかけるのだが、そんな記述も、何かこう自然とともにおおらかに奔放に生きる美化されたアメリカー!それに癒やされる私ー!

・・と、決してドラマチックには決して書かれていないけれど、ちょっとそんな感じもして、オオタカに助けられたんじゃないんかい!アメリカ行っちゃったんかい!元気になったのそこなんかい!と少しガックリしてしまった(笑)

先日読んだ青島幸男の自伝的小説でも、行き詰った主人公がアメリカにでも行ってやる!という常套手段で話が終わっていたが、まさか、イギリス人までもが、閉塞感を打開するためにアメリカに助けを求めるというか、癒やしを感じてしまうとは・・・。

鬱々とした状態から抜け出すには、イギリスで獰猛な鷹を飼うよりも、アメリカに行って犬を飼うのが正解ってところでしょうか。

 ・・と冗談はさておき、この本を読んだ後、幾つか鷹狩りのビデオも見てみたが、想像よりも鷹はずっと大きくて、格好良くて、美しい。これは取り憑かれてしまうのもよくわかる。

この本は鷹の調教と同時に、著者の鬱々とした気持ちや、T.H.Whiteのかなり鬱屈した人生についても綴られているので、つい鷹匠というのは、過酷で、辛く苦しく狂気に満ちたものという印象を受けてしまったが、動物園でお姉さんが甲高い声で面白おかしく鷹の紹介をしているのんびりしたビデオを見て少し拍子抜けしてしまった。

しかし一方で、実際にイギリスでオオタカを使って兎狩りをしているビデオはまさしくこの本の記述どおりですごいので、この本を読む機会があれば、ぜひあわせて検索してみて下さい。

そしてこちらは著者へのインタビュービデオ。


H is for Hawk: Helen Macdonald [HD] Saturday Extra, ABC RN

鷹狩りというかなり未知の世界について書かれた本だったけれど、文章がとてもきっぱり美しかったので、引き込まれてぐいぐいあっという間に読んでしまった。

日本語訳も出ているようです。

オはオオタカのオ

オはオオタカのオ

 

  とりあえず、オバマ大統領オススメ本1冊目、面白かった。おすすめ本リストはこちら