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愉快的陳家@阿拉米達島

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記

赤川次郎まつり

 ベイエリアの片隅の小さな図書館にある日本語蔵書を読み漁るシリーズ。ずどーんと安部公房祭りの後は、赤川次郎が来ました。阿部の次が赤川なのは、ABC順だからです!

ネガティヴ (集英社文庫)

ネガティヴ (集英社文庫)

 

 

湖畔のテラス (集英社文庫)

湖畔のテラス (集英社文庫)

 

 

十字路 (角川文庫)

十字路 (角川文庫)

 

 赤川次郎といえば、子供の頃いつも祖母に連れて行かれていた宝塚で「名探偵はひとりぼっち」という彼原作の舞台を見たのが最初かもしれない。見たのが小学生低学年だったので詳細は覚えてないけど、舞台がアメリカで、ロックンロールみたいな感じのお兄ちゃんがナタリーというこれまた少女漫画のようなくるくる巻き毛の謎の女の子と偽の駆け落ちをしていたような話だった。なかなか楽しかった。

中学時代には「三毛猫ホームズ」シリーズを一生懸命読んでいたなぁ。といっても自分で買ったことはなく、授業中に友達から回ってくるのを、毎回教科書に隠しながらものすごい集中力で読み漁っていた。だいたい授業一コマと、その後の休み時間ぐらいを使えば1冊読み終わる感じで、毎度授業そっちのけで本読んでたな。

しかしあれだけ一生懸命読んでいたのに、三毛猫ホームズというタイトルは覚えていても、そこにそういう猫が登場していたのかどうか、猫が事件を解決する話だったかどうか、内容をいっこも覚えていない。

久しぶりに読んだ赤川次郎も、スナックのように手軽にサクサク読めてしまい、子供が寝静まった後3時間程で借りた3冊全部読み終わってしまった。そしてずどーん昭和!!エログロー!(ちょっと違うけど)を連想させる安部公房インパクトの後では、あれだけ冊数読んだのに、読後驚くほど全く何も残らなかった。ははは。

残ったとすれば、何となく懐かしい80年代の大人の世界にタイムスリップできた感だろうか。懐かしいとはいっても、バブルの時代子供だった私にとっては、あの時代に大人だったらどうだったんだろうなあ、楽しかったんだろうなあ、と多少羨ましくも感じる。

恋人の助けを借りながら自力で殺人事件を解決しようとしたり、キャリアウーマンの主人公に、まるで助手か何かのように言われるがままにどこにでもついてくる若い部下の存在など、いかにも80年代っぽい。夜に母がお茶を飲みながら見ていたサスペンス劇場の設定そのまんまなのが懐かしい。

そして、赤川次郎というと七三分けの30代〜40代の作家、というイメージだったのに実は自分の親と同年代で、随分丸顔の60代になっていたことにショーック!やはり親世代の人が書く大人像は、80年代風を軸としているのか、私の勝手な思い込みか。

何も残りはしないけれど、読んでいる間は楽しい。これがまさしく、純文学の逆をいく大衆娯楽小説というものなのかいな。