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愉快的陳家@阿拉米達島

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記

Posessed:ロシア文学のめくるめく、深淵な、恐ろしい?世界

読書・書評

子供が生まれてからこのかたろくに本など読む時間もなく、すでに5年。通勤時間に読書時間を取れるかな、と期待したものの思うようにページは進まず。これではいかんと、これから3ヶ月の間に、まずは(英語の)本を何でもいいから10冊は読んでみようと決めた。とりあえず、家に転がっていたのを手にとって見たのがこれ。
 

The Possessed: Adventures with Russian Books and the People Who Read Them

The Possessed: Adventures with Russian Books and the People Who Read Them

 スタンフォード比較文学博士課程に在籍していた著者による、ロシア文学と、それを読む人達にまつわるエッセイ。本題の「The Possessed」は、ドストエフスキーの邦題「悪霊」の英語の最初のタイトルでもあるそうだが、Possessedだと「取り憑かれた」位の意味になる。


ロシア文学というと・・トルストイとか、ドストエフスキーとか・・重くて長くて暗くて、どしーん、ずどーん、どす黒い灰色の、真冬のロシア(行ったことないけど)そのまんまのイメージしかない。大昔にアンナ・カレーニナを読もうとしたことがあったけれど、本の分厚さもさることながら、登場人物の名前が長くヤヤコシすぎてあっという間に挫折した記憶がある程度で、思えばロシア文学って「イワンのばか」位しかちゃんと読んだことがないんじゃないか(!!)。

アンナ・カレーニナで唯一覚えているのも、登場人物の女性の口まわりやら顔に生えた産毛が、太陽の光を反射して光って綺麗だ云々というくだり。これってただのヒゲぼうぼうやんけ!金髪だとそれでも剃らんでええんかいっ!と一人驚き心の中でツッコミを入れたこと位・・。

ロシア文学もよくわからねど、大学院で文学や哲学を専攻している人達の世界も、よくわからん!この著者は、私が全く興味を持たないロシア文学に引きこまれ、大学院の博士課程まで進んでいるけど、何かをとことん突き詰める博士課程は、何かちょっとヒトクセありそうな世界(すごい偏見)。特にそれが文学になると、人の精神世界に深く深く嵌り込むわけで、その対象がずどーんどすーんのロシア文学となると、さらにもっと凄そうだ(ひどい偏見)。

というわけで、この本はロシア文学の解説や考察ではなく、ロシア文学を比較研究する大学院とそこに登場するいろんな意味で「取り憑かれた」人達や、研究にまつわるエピソードがメインに書かれております。

スターリンに粛清された作家イサーク・バーベリについての学会をスタンフォードで開く話(学会って、作家の人生の本当に細かいところを、色んな憶測や勝手な解釈も含めてみんなが寄ってたかって論じるんだなぁ・・、学会の目玉として登場したバーベリの年老いた娘のキャラクターが秀逸)、

ロシア文学から広がってウズベキスタン語と文学を勉強するために滞在したサマルカンドの話、国際トルストイ会議に参加して「トルストイ他殺説」を発表する話(トルストイが奥さんとあんなことになってあんな死に方してたの知らなかったけど、文学の学会ってこういうことを発表するんだなー)、

ロシア皇帝アンナ・イヴァノヴナが立てた氷の宮殿の話、そしてドストエフスキーと、なぜか周囲の人を虜にしてしまう魔性の男風クロアチア人留学生(その後修道士の修行に入ってしまう)の話など。

文章を書く作家も、それを読み分析する学者も、人間の精神やモラルや愛やらなんやら、色んなことを突き詰めて突き詰めて突き詰めすぎて、時には狂気の世界に足を踏み入れてしまうんだなー、そして意識的無意識的に自分の中にある何かモヤモヤしたココロの何かに関する答えやヒントを見つけようとして、人は文学にのめり込むのであろうか。

でも作家や学者の話よりも一番印象に残ったのはアンナ・イヴァノヴナが建てたという氷の宮殿の話。この人は作家でも文学者でもなく、1700年代のロシアの女帝なのだが、この人が取り憑かれたのは宮廷道化師による、というより宮廷道化師を使った異様な娯楽の世界。

ロシアに限らず、お抱えの道化師や「愚人」が宮廷にいて、ある意味ペットみたいな感じで可愛がられていたり、エンターテイメントを提供したりしていたそうだけれど、この女帝自身の結婚式でもパイを切ると中から小人の道化師が出てきて踊ったり、翌日には余興として皇帝お気に入りの2人の小人の結婚式を盛大にあげさせたりと、エンターテイメントというには悪趣味すぎる。

さらにこの人の悪趣味は度を越していて、背教罪に問われたある貴族を罰として宮廷道化師にさせ、接見室でニワトリの真似をして卵を暖めさせたり、さらには結婚相手が欲しいと彼女に訴えたせむしの中年女性にこの道化師をあてがい、その盛大な結婚式を「氷の宮殿」で挙げさせるという壮大な茶番をして喜んだりしている。

このために建設された氷の宮殿は高さ6メートル、装飾から調度品まで全て氷で作られており、ベッド、鏡、枕、ブランケットやスリッパ、氷の棚に収められている食器類、時計、ロウソクに暖炉まで細部がリアルに氷で再現されていたとか。さらに氷の砲丸を本当に発射する氷の大砲、象の彫刻(昼間は鼻から1.5メートルの水を吹き、夜は油に火をつけ炎を吹き出す!しかも中に人が入っている人力仕様)まで備え付けられていたというから、茶番のセットとしては異様すぎるほど壮大すぎる。

さらに実際の結婚式はというと、新郎新婦はホンモノの象の背中の上の檻に入れられ、帝国の支配下にある色々な民族300人が、それぞれ牛、ロバ、ラクダや豚、犬に乗ってパレードしたという・・。気の毒な新郎新婦はその後逃げ出さないよう警備された氷の宮殿に一晩放置され、凍死寸前で見つかったとか。・・・なんだかこの全ての光景を、ジョニーデップが登場しそうな映画のいちシーンとして想像してしまった。

またおかしなことに、数年前にロシアでこの「氷の宮殿」が再現されたそうで・・、エッセイも、その取材に行ったことを書いたものだったのだけれど、本ではもちろん紹介はなかったけど、ここでユーロビジョンで優勝したロシアの歌手の歌にのせてプルシェンコアイススケートのパフォーマンスをしたらしい(笑)

ちょっと文学からは離れてしまったけど、ロシア文学というか、ロシアそのものも色々な意味で深淵過ぎて、取り憑かれちゃうと怖そうだ。この本を読んで、ロシア文学を読みたくなったか・・というとそうでもなかった、というか逆に余計読むのが怖くなった(笑)とりあえずは、アンナ・カレーニナの映画版とかドラマ・カラマーゾフの兄弟とか見ておくか・・。