愉快的陳家@阿拉米達島

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記。

日本に行って来ました⑨ 動く物、動かぬ物

だんだんやっつけ日記みたいになってきていますが、まだまだ広島の旅は続く。

広島の地形は、なんとなくですがサンフランシスコに似ている気がする。海があって、周囲を山や丘が囲んでいて。って、港町ってみんなそんなもん?関東平野がだだっ広いだけか。街のサイズもコンパクトなところも、なんとなく親近感が持てるところでしょうか。住宅街でもちょっと自転車に乗れば、銀座にあるのと同じような店がある中心街に行けたりしてしまうのは非常に不思議な感覚でした。というより、今まで関東平野以外の日本をあまりにも見てこなさすぎたな・・。

二葉山というちょっとした山の上からの眺め。てっぺんにはお寺があり、墓地があり、とっても眺めが良いのですが夜は真っ暗でヤンキーのたまり場になるそうです。

遠くに見える山の形が、やはりサンフランシスコのそれとはまた違い、また関東平野で見える山とも違いなんともいえない雰囲気です。目の下には広島駅。ホテルはJR広島駅の目の前に取ったのですが、朝晩は通勤通学の人達でそれなりに賑やかなものの、夜は10時頃にはし〜〜〜んと静まり返り、駅前とは思えない静寂でした。


山の麓から見るとあの尖ったものは何だ?と先っちょしか見えませんが、山の頂上には平和塔が立てられています。戦後、インド、モンゴル、スリランカ仏教徒より寄付された仏舎利が収められているそうな。そうだ、この街は原爆を落とされた街だった、と初めてその証拠?を目の当たりに。

弟曰く、広島市内でも地形によって山の影になり原爆の爆風の影響を受けずに残ったエリアとそうでないエリアがあるそうで、街の再開発も被害があったほうから手を付けたわけなので、インフラの新しさと原爆の被害状況は密接に関連しているのだとか。変な話ですが、中心地の道がとても広いのも印象的だったのですが、やはり焼け野原の後での整備のせいなんでしょうか。

 


動く物とかいて動物園。子供達はこの後安佐動物公園で大はしゃぎ。ライオンやら動物の説明をしてくれる飼育員の人が関西弁でおもろいプレゼンをしてくれるのが新鮮でした。子供はどっちかというと、動物園内にある公園の遊具で一生懸命遊びがちなのはお約束。

まあ、場所はどこであれなかなか会えないいとこ達と一緒に楽しく遊べるのが一番です。

 

 

 

 

 

 
お尻合い。

 


そして調子に乗って、広島城まで同じ日にまわりました。

ちょうど外で忍者イベント的なものをやっていたようで、撤収してるところにだけ遭遇・・


広島城も原爆で焼失倒壊したため、もちろん今あるものはのちに復元されたもの。そんな中、時々こうやって原爆の名残があるのがなんとも言えず。

 

 

 

天守閣からの眺め。


実は娘、ブラタモリの大ファンです。さてこの石垣は何積みでしょうね。


原爆を生き残ったという柳の木。


お城の敷地内には、戦時中軍の司令部もあったとかで、事務所などがあっという洋館の遺構も残っていました。本当に石で四角い枠組みが地面にぽつんとあるだけ。子供達がそこに乗ってじゃんけんゲームをして遊んでいましたが、当時のことを思うと、これまたなんともいえない光景でありました。

広島の旅、まだ続く。