愉快的陳家@阿拉米達島

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記

ふるいもの


歴史の古い東海岸では、古いたてものに囲まれて生活していたけれど、サンフランシスコでは歴史をそのまま使って生活するようになりました。現在の我が家は1926年に建てられたふるいふるいアパート。80年の間に何度も手が加えられて、お部屋はとってもモダンなつくりになっていますが、天井には当時の装飾がそのまま残されているし、エレベーターはドアが手動です。というより、エレベーターのドアが本当にそのまま「ドア」なので、エレベーターが着たらノブを回してドアを開けて乗り込みます。ちょっとどこでもドアみたい。以前見に行ったアパートの多くも、昔の手動電話がそのまま壁に残っていたり、アパートが建てられた当時のキッチンをそのまま残していたり。そんなアパートの大家さんは、昔からそこに住み着いているよろよろのおばあちゃんだったりします。それこそ昔はフラッパーの服装をしてここからダンスホールに通っていたのではなかろうか、といった趣です。


サンフランシスコ*1の観光ではおなじみのケーブルカーも、最近では日常の移動手段として使うようになりました。坂の多いサンフランシスコ、昔は馬が車を引っ張っていたそうですが、レールが外れて馬ごと坂の下に転がり落ちるという事故があって以来、ケーブルカーができたとか。ケーブルカー自体は本当にタダの木の箱で、道路の下に張り巡らされ、四六時中動いているケーブルに車をかみ合わせてうごかしているようです。車の中についている大きなブレーキレバーだけで操作するのは、一見簡単そうに見えて、かなり力とスキルがいるみたい。だいたいケーブルカーのオペレーターはむすっとした職人系が多いですが、車の中を回って料金を回収する車掌さんはおしゃべりが多くていい対照です。


家のエレベーターにしても、ケーブルカーにしても、木の箱ががたがたごとごととものすごい音をさせながら動くので最初はびびりますが、何度も修繕を重ねながらがたぴしと動いてきた「ふるいもの」に最近は愛着がわいてくるようになりました。写真はこれまた古いストリートカー。お出かけの時にたまに乗ります。こっちのほうは、昔から走っていたというよりは歴史プロジェクトとして最近走るようになったもののようです。アメリカやイタリアの都市を走っていたストリートカーのペイントがしてあります。下の写真は夜乗ったときの。

*1:サンフランシスコのことを「サンフラン」と呼んでいたのだけれど、地元の人によるとそれは「よそ者」の呼び方らしい。普通に「サンフランシスコ」または「The city」というそうな・・・最悪の呼び方は「フリスコ」だって。