愉快的陳家@阿拉米達島

ちょっと雑だが愉快な暮らし。サンフランシスコ・ベイエリア日記

いわしの思い出


九十九里のいわし博物館で爆発があった・・・という記事をインターネットで読んで中学生のときに行ったしょぼい遠足を思い出した。もともと関西出身の我が家だが、各地を転々として、小学校から大学までは千葉県民だった。今でも実家は千葉にあるのだけれど、今だに微妙に千葉になじめず、これが自分の地元という気があまりしない。


千葉の中学の遠足はなぜか九十九里浜だった。他に何を見たのか、何をしたのか全く記憶に無い。でも今でも覚えているのは、生徒が砂浜に集められ、「海の家のおやづでございます」という人が挨拶をして、みんなに「づびきあみをしてもらいます」と、長距離をバスで運ばれてへろへろになっている若い労働力を搾取するということを高らかに宣言し、地引網をさせられた、ということ。


地引網は意外と面白くて、既にセットアップしてあった網を引くと、海草に混じって、結構色々な魚がかかっていて、めんどくせえと思いながらも、海の家のおやづが、その後「みなさんに、ばぁ〜べきゅぅ〜をたべてもらいます」と言っていたので、きっとこの魚をもらえるに違いないという淡い期待を抱いてジャージ姿で網を引っ張ったのだった・・・が、労働を終えて導かれただだっぴろい板の間においてあったのは、


白飯と、七輪と生のいわし


・・・だけだった。おお、これがばぁ〜べきゅぅ〜というものか!っていうか、おい、うちらは飯場の労働者かい!しかし腹が減っていた私たちは黙って七輪で火をおこし、煙にむせ、いわしの小骨を喉につまらせて涙を流しながら、飯をかきこんだのでした・・・。あの魚、その後どうしたんだろう。それにしても、博物館まで出来ていたとは・・・。


しかしアメリカではあんな新鮮な鰯は貴重品です。今となっては、もう一度食べたい気もする。